第11回 患者が行く!研究室訪問 〜大阪大学医学系研究科 中神啓徳先生〜

中神啓徳先生は、糖尿病や循環器科の診察と並行して免疫について研究し、それを治療法に活かせないかということを考えられています。
うかがった内容をまとめましたのでぜひご覧ください。

自己免疫疾患について

自己免疫疾患は、本来であれば「自己(自分の細胞・体)」を守り異物を攻撃・排除するべき免疫細胞が、誤って「自己」を攻撃してしまうことで発症します。

本来「自己」に反応してしまう免疫細胞は、細胞が成熟する過程で胸腺という免疫細胞が育つ臓器で除去されるか、あるいはそれが漏れてきても反応しないように制御されています。しかし、そこをすり抜けてしまう免疫細胞があるのです。

最近、自己免疫疾患だと思っていなかった病気も、実は解析してみると自己免疫疾患だったということが増えています。

1型糖尿病の場合は遺伝的素因もありますが、この遺伝情報を見れば100%発症する人がわかる、というように予測することはできていません。

もしそれができれば治療法は変わってくるとは思いますが、今はまだ完全ではありません。

自己免疫疾患の二つの治療法

様々な治療法の中で、免疫をターゲットにした治療には大きく分けて二つあります。

ひとつは、免疫が過剰になっているので、免疫をとにかく抑えてしまう。という方法です。
当然のことながら免疫が落ちてきますので、他の病気になりやすくなるという欠点があります。

もうひとつの方法は、ある特定の分子、例えばGAD65というタンパク質があれば、これに対してだけの免疫を寛容してあげられる(免疫細胞が攻撃をしない)ような、ターゲットを絞って治療するというものがあります。

これは動物実験だとうまくいっていますが、人での治療に関してはまだまだという段階です。

ワクチンで研究をするとしたら、一番目の治療だと糖尿病は治ったけど他の病気になるということではいけないと思うのでターゲットを絞って治療する二つ目の方法に目をつけました。

そこで重要なのは、早期発見をすることです。発症から時間が経つと残った膵臓の機能はなくなってきますので治療効果は得られにくくなります。

 

ワクチンの原理-GAD65という抗体-

体の外から病原体が入ってきた時に、体は抗体(特定の異物にある抗原(目印)に特異的に結合して、その異物を生体内から除去する分子)をつくるシステムが働きます。

ワクチンでは、弱毒化して害のないようにした微生物を体に入れることで、敵が入ってきたときと同じような機構でT細胞(免疫のかなめとなる細胞)を活性化させて抗体を作る状態にします。

ワクチンで免疫をつけておけば、本当の敵が入ってきたときにはもう既に抗体が待ち構えているため、簡単に敵をやっつけられます。

実際1型糖尿病では、判断するためのマーカー(細胞マーカー:特定の免疫細胞集団を同定するための有用なツール)としていろいろな抗体が見つけられています。今一番有名なのはGAD65という抗体ですが、それでも1型糖尿病の方の6〜8割ぐらいの検出力です(6~8割の1型糖尿病患者でしか検出されない)。

ただし、検出力については時間が経つと落ちてきたり、劇症1型糖尿病だと間に合わなくて、10%ないとか…検出力の数字もそんなに完璧なわけではありません。

ただ、GAD65は1型糖尿病を判断するマーカーとして一番期待されている抗体です。他にも様々な抗体が近年まで報告されていますが、たぶんどれもまだ100%予知できるという抗体ではないというのが現状です。

1型糖尿病での研究と目標

ここからは実験的な話なのでちょっと難しくなるかもしれません。

GAD65のようなマーカーよりも、もう少し早く1型糖尿病だとわかるマーカーがあれば、それがわかった瞬間に治療できると考え、いろいろな論文を見ました。

2003年頃の報告でNODマウス(1型糖尿病を自然発症するマウス) が5週齢(生まれてから5週目)の若い時に膵臓の周りが緑っぽくなり、もうちょっと週齢が進むと膵臓の中が真っ赤になっているというものがありました。

膵臓にT細胞(CD3+Tcells)という自分をやっつけてしまう免疫細胞が集まると、完全な1型糖尿病状態となります。

T細胞が膵臓に集まってしまう数週間前には膵臓周囲に緑に染まっているものがあるということでした。そしてその緑色の原因物質がGFAPという抗体です。

ひょっとしたら、この段階で何か発見できるようなことがあるかもしれないと思い、このGFAPという抗体をターゲットにしました。

「GFAPという抗体が、1型糖尿病発症のマーカーとなるかどうか」と、「ワクチンを作ってみて、GFAPワクチン(GFAPを排除するワクチン)で先ほどの1型糖尿病マウスが治るのかどうか」というのを見るのが目標です。

 

マウスでの研究

1型糖尿病自然発症する、NODマウスというのは、100%1型糖尿病を発症するわけではなく、約40〜50%の割合で発症します。

また、30週齢までかかってゆっくり発症するため、1型糖尿病発症の判定が難しく、治療したから治ったのか、もともと発症していなかったのかが実はよくわかりにくいところがあります。

マウスの週齢とGAD65、GFAPの二つの抗体の濃度を検証すると、9週、17週、21週、25週と進むに連れてGAD65より少し早期から、GFAPも加齢とともに上昇しました。

25週となると、マウスによってはもう糖尿病になっています。GFAPがGAD65と同じように上昇してくるので、GFAPも1型糖尿病マウスだと少しずつ濃度が上昇する抗体だということがわかりました。

しかし、単純に血糖が高ければ高いほど抗体の濃度が上がるかどうか、ということは確認できませんでした。

続いて「マウスが30週齢になったときに糖尿病になったのか」ということを、例えば「17週齢や21週齢のときに予測できるのか」を確認してみると、GAD65とGFAPは「21週例で陽性だったとしたら6割くらいはこの後発症する」というような予測ができることがわかりました。

ここまでをまとめると、マウスを用いた検討で、「1型糖尿病になるとGFAPという抗体もある程度増えてくるので、ある程度の予測マーカーになるでしょう」ということがわかりました。

糖尿病患者の血液サンプルでの検討

これまでマウスでの実験を行っていたので、ヒトのサンプルを用いた検討をしました。

1型糖尿病あるいは2型糖尿病のヒトのサンプルを使ってGFAP抗体と他のマーカーを比べたところ、先ほどのマウス同様GAD65の抗体と大体同じような結果が得られました。ヒトでもある程度の1型糖尿病の発症と相関性があることはわかりましたが、ただそれ以上の変化も、マウスの時同様ヒトでも見られなかったということもわかりました。

この研究の問題点として、動物の場合と異なり、ヒトは発症してからサンプルを採取するまでの期間が異なり解析が難しいということがあげられます。

しかし、ある程度ヒトでも測れることがわかりました。

GFAPワクチンの作成検討

次はGFAP抗体によるワクチンを作り治療ができないか、ということを先ほどのマウスで試しました。

そしてこの結果が、なかなか専門の人に説明するのも難しいくらい不思議な結果となりました。ワクチンを打ってなかった場合全く抗体はできませんが、ワクチンを打っている方は、抗体ができました。

2、3回打っていくとそこそこ高いところで交代の数値が高く維持され、もう一回打ったらもう一回上がりました。

というシンプルな結果です。

何も打っていなかったネズミは1型糖尿病を発症するまで上昇していたGFAP抗体の数値が上がっていきます。そして1型糖尿病を発症したらGFAP抗体の数字が下がっていくので、何もしなかったら下がる。

最初はこれはものすごいデータじゃないかと思ったんですが、マウスにこのワクチンのを打ったら、免疫がおかしくなってしまい1型糖尿病を発症しなくなってしまったみたいなんです。

抗体を作成するにはKLH(キャリアタンパク)というものを使用します。このKLHをマウスに打ったら、GFAPではないのに同じ結果が得られました。

ですので、本当にこのGFAPワクチンが効いてるかどうかは「この研究ではわからない」ということがわかりました。

GFAPという新しい抗体はある程度、人でも使えるということはわかりましたが、ワクチンに関してはもうちょっと検討が必要ということがわかりました。

今後の展望

1型糖尿病は、原因となる自己タンパク(自分の体の中で作られたタンパク質)をT細胞が攻撃することで発症すると考えられています。

日本で行われるワクチンの審査で、自己タンパクを制御するワクチンは審査にもかかったことがありません。

外国ではそのようなワクチンはありますが、日本ではがんワクチンみたいなやつか、感染症に対するものですので、新しい分野を開拓することになります。

自己タンパクを制御するようなワクチンの作り方が決まっているわけでもないので、一個一個模索しなければならず大変だと思います。

しかし、これは自分たちがやらないとできないので、やっていこうと思っています。

 

 

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この後は中神先生の研究室などの中を見せていただきました。

実験をしているところなどなかなか見ることができないため、非常に貴重な体験ができました。

今回とてもわかりやすく丁寧にご説明してくれまだまだ無知な私でも理解することができ、研究についてだけではなく、1型糖尿病に関する理解がぐっと深まりました。

 

いつか、ワクチンで1型糖尿病の治療や予防ができる世の中になることを願っております。