第6回 患者が行く!研究室訪問 〜京都大学 角昭一郎先生〜

前列中央が角先生、右がリャンさん

2010年度に研究助成を行った京都大学再生医科学研究所の角昭一郎先生の研究室を患者・家族の皆さんと一緒に訪問いたしました(2017年4月)。

角先生から研究についてとても丁寧にお話しいただき、マクロカプセル化膵島や実際の研究室を見学しました。

研究の説明

糖尿病治療の課題


再生医療というのは、無くなった、あるいは失った構造や機能を再び作り出して病気や怪我を治すということです。インスリンの作用をからだの中で再び作り出すことで治すというのが糖尿病の再生医療だと考えています。

糖尿病の治療手段としてポンプや注射で強化インスリン療法をみなさんされていると思いますが、どうしても血糖の不安定性というのがどこかで出てきます。バンティン(Banting)氏がノーベル賞の受賞講演で

「インスリンがあるからといって病気が治るわけではない、それは処置である (Insulin is not cure for diabetes;it is a treatment.)」

と言っています。このことは糖尿病患者に限らず一般の人も理解していただく必要があると常々思っています。

マクロカプセル化膵島血糖の不安定性が引き起こす低血糖発作と合併症が進行するという二つの大きな問題に対して、現状では膵島移植するか、膵腎同時に臓器として移植するかの、移植医療しかありません。それにはドナー不足と免疫抑制という副作用の問題がずっとついて まわります。

角先生からの説明を受ける参加者の様子

根治の手法であるバイオ人工膵島移植


この問題を解決するのがバイオ人工膵島です。インスリンを分泌する機能をきちんともっている細胞を免疫隔離の半透膜(水だけ通す膜)に包んであげると、インスリン、栄養素、ブドウ糖は通すけれど免疫細胞は絶対に通しません。

バイオ人工膵島の場合、免疫を十分に抑制できればヒトの細胞である必要はないため、ブタの細胞でも免疫抑制なしでヒトの体の中で機能させることができ、ドナー不足を解消することができます。

バイオ人工膵島にはいろんなタイプがありますが、一番中心になって研究されているのがカプセル化膵島です。高分子ゲルの中に膵島を封入することで、免疫細胞から隔離します。

今まで研究されてきたのが、マイクロカプセル化膵島です。大きさは色々ありますが、0.5ミリから2ミリくらいまで作っているようです。しかし、世界各地で行われているバイオ人工膵島移植の結果から、マイクロカプセルの限界というのが、いくつかの論文で言われています。

もう何十人かの腹腔内に投与されていますが効果が一定しないし、十分に治らない人が結構います。色々な原因が考えられますが、確実な理由の一つは異物反応です。お腹の中にできた異物を排除しようとしたため、移植先である肝臓の壁側の腹膜にぶつぶつができていました。そうすると、栄養も入りにくいし、インスリンもなかなか届きづらいので、効果がどんどん悪くなります。また、このように異物反応を起こしている状態にまでなってしまうと、取り出すことはほぼ無理です。

マイクロカプセルは完全除去が困難ですが、その点マクロカプセルは除去、交換に対応できるということでマクロカプセルの研究をずっと進めてきました。

100円玉よりも小さなマクロカプセルの例

 

マクロカプセル化膵島について


従来やってきたのはポリビニルアルコールと膵島を混ぜた水溶液を、シート状にして凍らせて出来たPVAマクロカプセル化膵島です。

しかし、どうしても凍結/解凍によるランゲルハンス島の機能低下が起こること、そしてPVAゲルそのものの異物反応が残ってしまうという課題がありました。その対策として、異物反応が起きにくく、凍結/解凍を行わないゲルで膵島を包むことにしました。

ここの研究所であらゆる素材を試し異物反応がほとんど起きない樹脂(以下X樹脂)をみつけることができました。この樹脂を使用したバッグは、ラット皮下組織に移植しても肉眼で見ると何も周囲に異物(拒絶)反応が起こっていない状況でした。

次はゲルの話です。膵島に優しいゲルということで、凍結/解凍をしなくても温度に反応してゲル化し、キトサンとアルギン酸という天然の物でつくられたものを使います。このゲルを持ってきてくれたのが、本日同席しているリャンさんです。リャンさんは、このゲルをずっと研究しており、このゲルをランゲルハンス島の移植に使いたいと台湾から来られました。一緒に研究して7~8年になり、論文も出しています。

実験の様子をデモンストレーションしてくださっているリャンさんの様子

実際にこのゲルに免疫隔離作用があるかを確認しました。

37度でゲル化するようなキトサンの溶液に入れたラットの膵島を糖尿病のマウスに移植しました。これは異種移植ですから、通常は何もしないで移植すれば、すぐ拒絶されて免疫細胞に攻撃されてしまい血糖があがってしまいます。しかしキトサンの溶液に入れたゲルは4週間に渡って正常血糖に近い状態を維持し、定着しました。このゲルは異種移植に対して、免疫隔離作用があると考えています。

マクロカプセル化膵島をお腹の中に移植すると取り出すのが大変ですから、皮下移植について検討しました。皮下組織というのは血流が非常に少なくて、そのままマクロカプセル化膵島を移植しても定着しません。血管新生、つまり血管を作ってあげる必要があります。

iPS細胞研究所の教授である田端先生の研究で、bFGF含浸コラーゲンシートというものがあります。手術の時に使う止血用のシートとして既に医療品化されており、血管新生作用があります。

bFGF含浸コラーゲンシートとX樹脂のバッグを埋めておいて、血管ができたところで、バッグの中へキトサンの溶液に懸濁した膵島を入れます。これでマクロカプセル化膵島移植の効果が出るはずです。

 

バイオ人工膵島移植に欠かせない医療用ブタ


最終的には、バイオ人工膵島移植の際にはブタの膵島を使いたいと考えています。ヒトに移植できるような、感染症のないきれいなブタが今までいないということで、日本IDDMネットワークも他の研究機関に多大な支援をされています。実際問題としてこうした医療が軌道に乗ってみんなが治療に使えるようになるには、きれいなブタを供給する体制、つまり産業化がどうしても必要になってきます。

きれいなブタを作る工場が作れないか、半導体や液晶工場など、国内のものすごくきれいな空間でモノづくりをしてきた工場の跡地を活用できないか、声をかけて回っています。まだ実現できていませんが、技術的にはほぼ作れるめどが立っています。

そういう設備や環境が確立できて医療用ブタの膵島が手に入れば、それを使った再生医療等製品というものは日本の法制度の中ではちゃんと作れるはずだと思っています。

溶液の撹拌(かくはん)の様子

マクロカプセル化膵島の応用


バッグの中にゲルを入れて、細胞を入れてという方法がちゃんと確立しますと、応用として他のものも入れることができるので、様々な病気に対応することができます。また、ヒトES/iPSから特定の組織へ分化させる研究をしている人もいます。かなりのところまで研究が進んでいるのですが、今は移植の方法がありません。そうしたものの移植にもマクロカプセル化細胞/組織皮下移植法が使えると考えています。

万が一具合が悪くなった時、例えば腫瘍ができてしまったりしたときなどに全部取り出すことができるというような安全性の担保がないと一番初めに人体に使うには相当ハードルが高いです。一定の安全性を担保できるという意味ではマクロカプセルを使ってもらえる可能性があると期待しています。

実験的にマウスへの移植で使用する時でも、マクロカプセルを使用すれば、ヒトの細胞も入れることが可能になります。しかも免疫不全マウスのようなマウスではなく、普通のマウスで実験が可能になります、費用や管理する上で経済的な効果も期待できます。

 

マクロカプセル化膵島というデバイスをちゃんと確立をして、みなさんに使って頂けるように供給するということが、今後の糖尿病をはじめとする代謝内分泌疾患の再生医療にとって大変重要なことではないかと思って、鋭意研究を進めております。

マクロカプセルへの封入の様子

質疑応答

大村専務理事:マイクロカプセル化膵島を利用するバイオ人工膵島プロジェクトでは、福岡大学と国立国際医療研究センター、明治大学、京都府立大学が連携して研究を進めています。その中で医療用のブタをつくる体制も進めています。作った医療用ブタの細胞を先生の研究室でも使用して実験することは可能ですか?

角先生:もちろん可能です。実際にはX樹脂の膜を作ってくれた企業と我々と国立国際医療研究センターの霜田先生の3者で共同研究契約を結んでいます。我々が新しいデバイス(X樹脂を使用したカプセル)を用いてマウスでの研究を成功させたら、霜田先生にお渡しする話になっています。

大村専務理事:せっかくつくった医療用ブタを独占的にではなく、色々な可能性としてマイクロでもマクロでも研究を進めて欲しいのが私たちIDDMネットワーク全体の願いなので安心しました。以前お話を伺ったときはバックの方が未確立だったのが、今は安定供給されるようになり、今後は医療用ブタがそろえば、バイオ人工膵島はかなり実現に近づくということですね。

角先生:そうですね。今は、ラットのランゲルハンス島を新しいバッグとゲルで包み、マウスに移植することで免疫隔離効果を確認しようとする少し手前のところです。

このデバイスができたなら、色々なところにお渡しする話にはなっています。それこそ、ここのiPS研究所にもお渡しできますし、熊本から東京工業大学にいかれた粂先生も何年も前からいいものができたらくださいという話をしていました。

熱心に講義の内容をメモする高校生の参加者

PVAを使用したデバイスでは外に出せる状態ではありませんでした。X樹脂を使用した今回のやり方では、面倒な作業がなく、安定したデータが取り出せるようになりました。

大村専務理事:今後は移植後に正常血糖の期間を長くすることが研究のメインでしょうか?

角先生:このデバイスを使った移植実験というのがまだできていないので、実際にやってみてどのくらい長持ちするのかを確認します。

大村専務理事:移植実験していく上で先生の研究室に必要なものは、研究費用であったり、法律であったり、何かありますか?

角先生:やはり何といっても材料費です。

ラットやマウスの費用、色々な試薬や薬を作る薬代や容器代で何十万もかかります。インスリンを計測するキットは、1個7~8万もして、それもいくつも必要になります。実験にはどうしてもその都度100万円単位でかかってしまいます。そういう意味では、中小企業の社長のようなもので、とにかく資金を工面するのが大変です。

他の研究室でもマクロカプセル化膵島の研究に取り組んでいるようですが、残念ながら外科医の発想がなく科学者の発想なので、実際に移植したら二度と取り出せないなど問題があると感じます。私の場合はプラスチックの袋の中に入っていますから、破れない限りは大丈夫です。しっかりした作りなのでめったなことでは破れません。

大村専務理事:破けていないか、外部からどのようにチェックできるのでしょうか

角先生:皮下でしたら超音波やエコーで見ることができます。腫瘍ができているかどうかは、触ってみるだけでもある程度は分かります。触ってチェックしやすいという点でも皮下移植のいいところだと思います。是非ともマクロカプセル化膵島を皮下移植する方法を作らないといけないと思います。

この手のマクロカプセルは何度でも、割と簡単取り出せるので、マクロカプセルをひとつ入れて、もっと下げたかったらもうひとつ入れるとか、ふたつのうち古くなって効果が悪くなったものを交換するとか、ひとつだけ残しておくとか色んな可能性が考えられます。