第2回 患者が行く、研究室訪問~東京大学生産技術研究所 第1話

今回は、光により血糖を測定する埋め込み型センサーの研究をされている東京大学生産技術研究所の竹内准教授と興津特任准教授を、1型糖尿病の患者4人で訪問しました。その日はちょうど11月14日の世界糖尿病デーで、糖尿病との向き合い方をそれぞれに考えた一日となりました。

2011年7月30日の記者会見では、「東京大学生産技術研究所と技術研究組合BEANS研究所は、血糖値に応じて光の強度を変えるハイドロゲルをファイバー状に加工し、マウスの耳に4ヵ月以上埋め込んだ後、血糖値を計測することに成功した。」と発表されました。これはNEDO(独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の産学連携のプロジェクト「異分野融合型次世代デバイス製造技術開発プロジェクト(通称BEANSプロジェクト http://www.beanspj.org/)」で、モノづくりの竹内先生、移植医の興津先生、医療材料メーカーのテルモ社の3者が共同で開発したものです。一体どのようなセンサーなのでしょうか。竹内先生にご説明いただきました。写真、図表は、竹内先生にご提供いただいたものを転載しています。

耳が光って血糖値をお知らせ

 

つくったものは、埋め込み型のハイドロゲルセンサー

糖尿病の患者さんには、常時血糖値を知りたいというニーズがあります。半埋め込み型は感染の危険があるので、埋め込み型が理想です。また、酵素型のセンサーは寿命が短いという問題があります。感染症を起こさないで長期間血糖値を計測するために、光で計測できる完全埋め込み型センサーの開発に取り組みました。埋め込むセンサーには、ハイドロゲルという材料を使用しています。これは、こんにゃくゼリーのようなもので、柔らかくウエットで生体適合性がいい材料です。

グルコースと結合して光るビーズをつくる

2010年10月にセンサーの原形として、ハイドロゲルの小さなビーズを開発しました。タピオカのようですが、それよりも非常に小さなビーズです。ビーズに血糖値の成分であるグルコース、ブドウ糖がつくと光ります。ビーズの直径は100μm(0.1mm)と髪の毛と同じぐらいなので、簡単に注射器の中に入り、体の中に入れ込むことができます。体の中に入れるといっても血液の中に入れるのではなく、皮下に入れ血液から漏れ出るブドウ糖の量を測定します。皮膚を介して光が漏れ出るので、その光の強弱を見ると血糖値がわかるというしくみです。

ハイドロゲルビーズ概要図

 

ビーズはどうして光る?

テルモ社が開発したゲルは、真ん中に蛍光色素といわれる紫外線を当てるとピカッと光るような材料がついています。これまでの研究で蛍光色素の近くに2つの腕をはやしてその上にボロン酸と呼ばれる手をつけた分子が開発されていました。このボロン酸とグルコースは結合力があり、グルコースがやってくるとピタッとくっつくのです。くっつくと電子密度が変わり、発光します。この分子に足をつけたのがテルモ社の研究者です。この足というのは、ポリエチレングリコールという長い足と、ポリアクリルアミドという物質で、このポリアクリルアミドはハイドロゲルの主成分になるのですが、医療用材料として多く使われています。例えば、美容整形等でしわを取るためにゲルを注入するそうですが、注入するのはポリアクリルアミドです。つまり、生体適合性がある材料なのです。

グルコース応対性蛍光色素

 

ここで、モノづくりやさんの出番

ハイドロゲルの中に蛍光色素を埋め込むことができました。次は、モノづくりの立場から、この材料に形を与えようということになりました。最初はドロドロした溶液でしたので、ここから大きさのそろったビーズを作りました。そのためにこの溶液を二重になった細い管(マイクロ流路[下図、右上])の内側を通し、その出口付近のくびれ部分で外側を流れるオイルと出会います。そのオイルの力がナイフのように働いて、溶液が細かく切り刻まれ、大きさのそろった溶液の玉ができる仕組みです。この原理でできた玉を温めると、溶液がゼリー状のゲルに変わります。こうしてゲルビーズをたくさんつくることができました。

蛍光ゲルビーズ外観と粒径分布

 

あなたも、ディズニーランドでスタンプしてもらったことがある?

マウスの耳にこのハイドロゲルを注入してみました。懐中電灯にブラックライトというのがありますね。ディズニーランドで一度会場から出てまた戻りたいときに、手の甲にスタンプを押してもらいます。自然光ではスタンプは見えないけれど、特殊な光をあてると光ります。これが蛍光の原理です。血糖値が高い時と低い時で光の強度が違うので、この蛍光を利用すれば血糖値がわかるのです。

長寿命を目指して、ビーズからファイバーへ

ねらいは完全埋め込み型で、しかも長期間計測できるもの。まずは3ヵ月以上埋め込んで計測できることが私たちのゴールでした。ところが、1ヵ月経ったら埋め込んだビーズがどこかへいってしまったということが結構頻繁に起きました。ビーズというのは体の中で動きやすいし、入れるとその部分にちょっとした炎症が起きることもあります。炎症によってはかさぶたができ、それと一緒に体外に排出されたのではないかと考えています。そこで形を変えようということで、今回のファイバーになりました。ファイバーのいい所は、注射針の先で細い管の先から出し入れができますし、皮下に埋め込んだとき総接触面積が増えるので、ずれたり動いたりしないのです。さらによいことに、取り出しが容易です。ビーズですとたくさん皮下に埋め込んで取り出そうとしても、1個1個取り出さないといけないわけですよね。1個でも残っているとちょっと気分が悪いです。ファイバーですとその端を持って引っ張れば抜けます。つくったファイバーは950μmで、1mm近い太さのものでした。

ビーズからファイバーへ

炎症を抑えるために

 しかし埋め込むとどうしても炎症というものが起きる場合があり、炎症が起きると計測に課題が残ります。そこで私たちは、炎症の赤み、膨らみ、かさぶたという3つの要素を点数化して評価しました。その結果、ハイドロゲルのファイバーの中にポリエチレングリコール(PEG)という生体適合性の材料を入れると、炎症がすぐに収まることがわかりました。ポリエチレングリコールをいれると、2週間ぐらいで炎症は大体収まりゲルが安定しました。

ファイバーを埋め込んで4ヵ月半たったネズミの糖負荷試験を行ったところ、蛍光値と血糖値の相関がみられました。グルコースを血管の中に注入して血糖値を上げ、インスリンを打って血糖値を元に戻しました。グラフは、黒い点が血液を5分おきに取って計測した実測値です。ハイドロゲルの蛍光の強度は実測値と同じ動きを示し、ある程度長期間埋め込んだ後でも、このセンサーは機能していることがわかりました。

埋め込み後4ヶ月半以降も検出可能

 

研究成果のまとめ

まとめ

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