1型糖尿病根治にむけた先端研究についての現状を直接研究者の方からお聞きする研究室訪問企画。
日本IDDMネットワーク 「1型糖尿病研究基金」が研究助成を行っている研究室を訪問し、日ごろ寄付としていただくご支援がどう研究現場で活かされ、現在どのように進展しているのか、といったことをお伝えいたします。
今回は東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 医療デバイス研究部門 センサ医工学分野 三林 浩二研究室を訪ねました。
今回募集期間の短いなかでご応募くださった関西の大学3年生で就職活動開始目前でいらした松山 綾音さん。「初めて研究室にお邪魔しますし緊張していますが、自分の病気の治療法を研究している現場に興味がありました」 とのこと。日本IDDMネットワークからは大村 詠一専務理事が参加し、研究室訪問がスタートしました。
左から日本IDDMネットワークより大村詠一専務理事、東京医科歯科大学 三林浩二教授、読者の松山綾音さん
一同) 三林先生、こんにちは。今日は患者さんである松山さんと一緒にいろいろとお話をうかがいたく思っております。どうぞよろしくお願いいたします。
三林先生)こんにちは。松山さんは大学3年生ということですから、同じ年頃の学生たちも研究室にいますのでご紹介しますよ。研究室では主に、人工膵臓を目指した薬物放出システムの開発などを研究しています。ここ東京医科歯科大学がある場所というのは、古くから学問に適した環境として知られ大学創設当時から材料研究をつくってきた歴史があるのですよ。テレビCMでも一時有名になった歯磨き粉に入っていた成分、ハイドロキシアパタイトなどもここでつくられたもので、糖尿病と関係が深いので歯学部の先生たちも関心を持っています。医療はやはり、グループで行うものですから。
「バイオセンサと連動し、計測数値はそのうち手元ですべて把握できるようになる」と話す三林教授
さて、本研究室が取り組む「薬物放出システム」ですが、研究の背景としては、1型糖尿病の方は血糖コントロールをなかなか大変な思いでやっていらっしゃるでしょう。加えて、社会的には2型糖尿病も増加傾向にありますし。1型糖尿病は欧米に比較すると日本では多くはなかったですし、かつては2型糖尿病も日本では少なかったのですが、近年までの食生活の変化でかなり増えてきました。国際的に見れば大変な勢いで増えている状況です。それなのに、これといった明確な問題解決となる策がないままに患者が増え続けている状況に対して私たちは、 “重症化することをどうしても避けたい” 、という思いで研究に臨んでいます。1型糖尿病は若い頃に多く発症しますが、2型糖尿病は年齢を重ねてから発症するので、(習慣を変えることが難しく)血糖コントロールがうまくいかなくて重症化するケースが多い現実があります。それに、健康診断をきちんと受ける人が意外と少ないですね。だから重症化するまで病気に対して無自覚な状態が長く続いてしまうのです。
編集部)“忙しい” を理由に無自覚でいてはいけないですね。では三林先生の研究室における糖尿病に対する取り組み、 “バイオセンサ” について教えてください。
三林先生) 主に2つのタイプの研究が進んでおり、眼科医と共同研究開発した 「コンタクトレンズ型バイオセンサ」 とマウスピースのように歯に装着する 「マウスガード型バイオセンサ」 とがあります。涙や唾液は血液に非常に似た成分構造を持つため、血糖値を測ることができます。この仕組みを利用すると、それぞれのバイオセンサはストレスなく恒常的に血糖値を計測することができるんですね。他にも、人体は常時なんらかのガスを放出しているのですが、それを可視化できる仕組みも研究が進んでいます。呼気ガスや皮膚から出るガスは、体液内の化学成分と同様に化学物質を持っていますので、これを活用することにも取り組んでいます。たとえば高血糖が常態化すると血中にソルビトールが増加しますので、これを計測するセンサだったり、糖尿病の脂質代謝によって生成され、呼気に反応するアセトンを対象とするバイオセンサなどもあります。これは私たちの嗅覚では検知できないレベルも検知できるものです。
呼気の採取は医学部や歯学部と協力していまして、糖尿病が重症だとアセトンが出ます。健常者と患者の血中グルコース濃度を比較したデータがあるのですが、健常者と1・2型糖尿病患者とでは有意差があることがわかりました。また、健常者と1型糖尿病、2型糖尿病それぞれで見ると1型糖尿病患者ではアセトンが高いこともわかりました。これを活用して小児期発症の1型糖尿病を早く見つけてあげたいですし、2型糖尿病なのに健康診断に行かず重症化してしまう人もなんとかしてあげたい。病院に行かない人の病気を見つけてあげられたらいいなと思っています。近い将来は皮膚や手をかざすだけで、糖尿病かわかるようになると思います。
マウスガード型のバイオセンサ。それぞれの歯形を採って作成する
低血糖がわかる犬がいるのをご存知ですか?それをヒントにして、低血糖が検知できるセンサの開発も考えているところです。高血糖、脂肪代謝(アセトンセンサ)、低血糖用のセンサも開発し計測できるようにしていきたいです。皮膚から出る成分を可視化できれば、空港のゲートを通るときのように通り過ぎるだけでその人のガスが可視化できれば…。と、そんなことを目指しています。こうした研究によって、患者さんのSMBG (血糖自己測定) のサポートができればいいなと考えているんです。
大村専務)それは面白いですね。それに自然に放出されているガスを計測する仕組みなら、本当にストレスフリーになります。
三林先生) ええ。それとね、 “治療できるバイオセンサ” を誕生させたいと考えています。現状のセンサは測るだけで治療するわけではないので、人工膵臓に血糖を制御する機能を備えたいです。ドラックデリバリーという、疾患部位に出てる成分に向かって薬剤が自ら動くセンサを目指して研究しているところです。なにしろ医療機器は持続性が必要なもの。そしてそれだけで自立していることが重要です。たとえば緊急時の電源喪失などのケースにも問題なく対応できるようなことを目指しておくべきです。それはこれからの医療機器に備えるべき基本的機能だと思うのです。
松山さん) それは本当に待ち望まれるものですね。
三林先生) これなんかはそういう意味で進展しているものですよ。高血糖時のブドウ糖エネルギーを使って、(インスリンを貯蔵した部分の)弁を開いてインスリンを放出し、正常値になったら弁を戻す、いわば 「血糖で動く」 インスリン放出デバイスです。
(開発中のデバイスを手に取って確かめる二人。「やわらかい!」)
現状よりもっと小型化を目指していますが、肌あたりのよいシリコン素材でできていて単位容積あたりの酵素膜面積を改良しています。将来的にはウェアラブルなものにしたいと思っています。持続可能で自立可能な医療機器、というのが私たちが考える医療デバイスの未来です。
※ウェアラブル:腕時計型やメガネ型など、直接身に着けられるほど小さいコンピューターなどのこと。
編集部) コンタクトレンズ型、マウスピース型のセンサはどちらも 「装着場所として定着している」 ので違和感が少ない気がします。
三林先生) そうですね。唾液を読み取るマウスガード型のものなどは、装着による違和感がほとんどないんですよ。私などは装着したまま講演もしたりしますが、誰も気づかないし自分でも時間と共に忘れてしまうほどです。
大村専務) そういう快適さも普及のカギとなりそうですね。
松山さん) マウスガード型は本当に目立たないですね。
三林先生)でしょう?(笑) こういうものは審美が重要だと考えていて外の声が入るように、大学院のプログラムに先端医療デバイスを入れましたし、芸大の先生もメンバーに入ってもらう予定です。研究室には工学部出身の学生が多いですし、東京医科歯科大学のある「お茶の水地域」はね、 “日本のカルチェラタン” とも言われているんですよ。
(研究室の荒川 貴博さん、當麻 浩司さんから実物の機器について説明を受ける一同)
大村専務) 多様性ある研究開発陣なのですね。研究室は、年間ではどれくらいの財源を必要としているのでしょう?
三林先生) 「1型糖尿病研究基金」 からの助成金がとても役立っています。莫大な資金より、この研究ではどちらかと言うとアイディアが必要です。しかしながら、お金があると優秀なスタッフを雇用することができます。バイオセンサの研究は臨床サポートをのぞくと、共同研究はしていません。うちの研究チームはスタッフは3~4人、学生は30人ほど。開発を進め、生体応用したいと考えていますから、企業と共同研究という道もありますし、反対に民間企業ではできない基礎研究は大学が行うべきでしょう。バイオセンシングで血糖を測ることは重要で、根治と同時に私たちは、一日でも早く採血なしの治療を実現したいと考えています。
【患者・家族や支援者の方々へのメッセージ】
いつも私たちの研究にサポートをいただいてありがとうございます。1型糖尿病の根治のためにいろいろなデバイスを開発しています。人工膵臓、血糖をモニタリグするセンサ技術を開発しています。スタッフ併せて35名ほどのチームで、糖尿病の根治を目指して日夜頑張っています。いつも本当にありがとうございます。
訪問を終えて ~松山 綾音さん~
聞くもの見るもの全てが興味深い内容で、楽しい時間を過ごさせていただき大変勉強になりました。
これからの就職活動も一生懸命頑張りたいと思います。