第1回 患者が行く、研究室訪問~東京大学医科学研究所 中内啓光先生~ 第1話

最先端の研究に取り組む中内先生の研究室に、初めて足を踏み入れました。研究は言うに及ばず、研究に取り組む姿をみなさんにどう伝えるか・・・。中内先生、曰く、「私たちにとっても患者さんの話を聞くのは刺激になるが、なかなか時間がないのも事実。アメリカのように、ボランティアの人がいてくれると助かります。研究者が説明するよりも、一般の人が一般の目で見てわかったことを伝える方がはるかに分かりやすいです。」ということで、一念発起です。今回は普通の人である私が聞いて、理解した「中内先生の研究」を普通の言葉でご紹介することにします。正確さが必要な部分は、先生の書かれたものから一部引用しました。

研究室に入る前に少し心の準備を

東京白金台にある東京大学医科学研究所に、中内先生の研究室があります。先生の話を一緒に聞きたいという患者さんの仕事が終わってからの訪問ということで、夕方の18時に待ち合わせました。少し早く着いた私は、近くにある東京都庭園美術館の庭のベンチで、研究紹介の記事をもう一度読みました。「多能性幹細胞を用いてマウスの体内でラットの膵臓を作製することに成功」。2010年9月に新聞で読んだときの興奮を思い出します。いよいよ訪問です。出迎えてくれたのは、小林研究員と技術参事の渡部さん。優しそうなお二人の笑顔にちょっと安心しました。中内先生は後半からの登場です。

技術参事の渡辺さん

 

いったい、どのような研究なのでしょうか
まずは、科学技術振興機構のプレスリリースの紹介から
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20100903/index.html

 本研究では、「胚盤胞補完法(はいばんほうほかんほう)」という技術を用いて、マウスの体内にラットの膵臓を作製することに成功しました。具体的には、膵臓ができないように遺伝子操作したマウスの受精卵が胚盤胞(受精3~4日後)に達した段階で、正常なラット由来の多能性幹細胞を内部に注入し、仮親の子宮へ移植しました。その結果、生まれてきたマウスの膵臓は全てラットの多能性幹細胞由来の膵臓に置き換わっていました。また、このマウスは成体にも発育し、インスリンを分泌するなど臓器としても正常に機能しました。
マウスとラットという種を超えた胚盤胞補完法に成功したことから、本研究成果を応用すれば、ヒトの臓器がどのように形成されるのか、そのメカニズムを異種動物の体内で解析することが可能になります。さらに大型動物の体内でヒト臓器を再生するといった、全く新しい再生医療技術の開発に大きく貢献するものと期待されます。

この研究はびっくりすることがふたつある

この研究を聞いたとき、驚いたことは2つありました。1つは、iPS細胞からベータ細胞という細胞をつくったのではなく、膵臓という臓器をつくったということです。そしてもう1つは、マウスの体内でラットの膵臓をつくる、つまりある動物(マウス)の中で、種の異なる動物(ラット)の臓器をつくったということです。

どうして細胞ではなく臓器をつくったのか

同じインスリンをつくるなら、インスリンを生産するベータ細胞でもいいはず。どうして臓器を丸ごと、体の中でつくろうと思ったのでしょう。

(中内先生)
受精卵から始まって最終的に個体の中に臓器としてできるまでには、ヒトの場合10カ月かかります。発生のプロセスにともなって、必要な時期に、必要な場所に、必要な大きさの臓器ができてくるのです。しかしそのメカニズムについては、よく分かっていません。きちんと機能を持つ臓器をつくるためには、そのメカニズムについて正しく理解しないとうまくいきません。
現在、世界中の多くの人たちは二次元のままで最終的にベータ細胞をつくろうとしています。しかし私はそれは難しいと考えています。受精卵から始まってきちんとステップを踏んで、最終的に個体として人間が出来上がる。そこにあるベータ細胞は正常な発生過程をへています。このように体の中では10カ月のプロセスを経てつくり上げているものを、2,3週間で試験管の中でつくり出すのは難しいのではないでしょうか。なるべく自然なやり方でつくった方がいいわけで、実際にマウスの体の中でできたものは膵臓としてきちんと機能することが確かめられています。

どうしてマウスの体内でラットの膵臓をつくったのか

マウスとラットは見た目には似ていますが、人間とチンパンジー以上に種として遠い関係にあるのだそうです。種の異なる動物の間で臓器をつくろうとするのはどうしてなのでしょう。

(中内先生、JSTの雑誌から)
私が臓器の再生に取り組んだ目的は、あくまでも臨床応用にあります。同種間でしか臓器を再生できないのなら、ヒトの臓器はヒトを用いてしか再生できません。そんなことは倫理的に許されないでしょう。しかし、異種間で臓器を再生する可能性が示されれば、たとえばブタの体内でヒトの臓器を育てることも夢ではありません。それでも倫理的な問題は残るかもしれませんが、少なくともヒトの体内で育てるよりはずっと現実味があります。

プロジェクトは「知の創生」と「具体的な成果」の両輪

研究者と患者の間には、聞きたくても聞けないこと、言いたくても言えないことがあるような気がします。患者は研究に期待はしたい。でも研究に大きな期待をもつことは、研究者に負担をかけることになるのではないか。また研究者も思うような成果が得られなかったとき、患者をがっかりさせるのではないかと不安を抱いているように見えます。でも、お互いそんな心配をちょっと横において、実際に1つのテーブルで話をしてみたらどうでしょう。歩む道は違っても、目指すゴールは同じところだと思いませんか。

(渡部さん)
このプロジェクトは「知の創生」と「具体的な成果」の両輪で進められています。臓器がつくられるメカニズムを解明するという「知の創生」と、将来の医療につながる道筋をつくる「具体的な成果」。その両輪がうまく回ってこそ、目指すゴールにより早く到達できるのです。研究者も自ら分かりやすい言葉で語って、一般の人と同じ視線に立ち情報を提供していく。こういったアウトリーチ活動が大切で、技術参事である私の役割でもあります。

さて、次では先生の研究を少し詳しくお聞きしました。

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