1型糖尿病根治にむけた先端研究についての現状を直接研究者の方からお聞きする研究室訪問企画。
日本IDDMネットワーク 「1型糖尿病研究基金」が研究助成を行っている研究室を訪問し、日ごろ寄付としていただくご支援がどう研究現場で活かされ、現在どのように進展しているのか、といったことをお伝えいたします。
今回は東京大学医科学研究所 幹細胞治療研究センターの医学博士 山口 智之特任准教授、医学博士 渡部 素生特任研究員にお話を伺ってまいりました。
左:渡部 素生先生、右:山口 智之先生
山口智之先生は2016年12月に「ネイチャー電子版に研究成果が掲載された、今もっとも注目を集めている研究テーマの一つに取り組んでおられます。その研究についてはこちらをご覧ください。業界でも極めて先進性の高い研究テーマにつき、理解ができるのか不安でしたが山口先生、渡部先生共に大変わかりやすく説明をしてくださいました。
異種キメラ動物体内に作った膵臓による糖尿病マウスの治療成功!その詳細
山口先生)こんにちは。「ネイチャー」 に掲載された研究テーマは “異種の動物の体内で、機能的な膵島をつくりだす” というものです。マウスからiPS細胞を作製し、膵臓をつくることができないラットの胚盤胞(受精卵)に注入します。生まれてきたラットは全身にマウスとラットの細胞を持っているキメラ動物※ですが、ラットの細胞は膵臓をつくることができないので、膵臓はマウスの細胞のみでできています。その膵臓を酵素でバラバラにして膵島を取り出し腎臓の脇に移植するという手法を採ります。
※キメラ動物とは2つ以上の遺伝的背景の異なる細胞によって構成された1つの生物のこと
以前行った研究ではマウスの体内でラットの膵臓を作製しました。マウスはラットの1/10ほどのサイズのため、できた膵臓も小さく、ラットに移植するには量が十分ではありませんでした。今回はラットの体内にマウスの膵臓を作製し、形や大きさ、機能は正常かどうかを検証しました。また、移植して治療効果を示すのか?ということも調べていきました。
編集部)具体的にはどういう手順を踏んで研究を進めていったのでしょうか。
山口先生)膵臓をつくることができないラットをつくりだし、そのラットの胚盤胞(卵と精子が受精してから約4日たった受精卵(正確には胚))にラットのiPS細胞を注入することで、成長したラットの体内に膵臓を作製することができました。できた膵臓は正常に糖代謝ができていて、形も機能も正常なものでした。
では次に、「膵臓をつくることができないラットにマウスの細胞で膵臓をつくることができるのか」 についても同様に実験を行いました。するとマウスの膵臓よりも10倍ほど大きい、ラットの膵臓と同じくらいの膵臓ができました。形と大きさを再現しただけでなく、インスリンを分泌する細胞も確認することができました。しかもこの膵臓はすべてがマウスの細胞でできていました。正常範囲内に血糖値を保つことが確認でき、マウスの細胞からラットの体内で機能的な膵臓をつくることに成功したのです。
さらに 「ここから取り出して移植することで治療ができるか?」 という問いへ進みました。
右:マウス(黒) 中央:ラット(白) 左:マウスとラットのキメラ(白と黒の毛が混ざっている)
ラットの体内で作製したマウスの膵臓を調べたところ、血管などに6%ほどラットの細胞が混在していました。異種であるラットの細胞が混在した膵島を糖尿病マウスに移植すると、15~30日以内で血糖値は正常範囲内になり、最長で373日にも渡り血糖値が正常に保たれました。 この実験が通常の移植と異なるのは、免疫抑制剤を使わないということです。免疫抑制剤は観察の最初5日間以外は打たず、一年以上正常なまま推移したのです。これにより、免疫抑制剤は不要であるとする充分な根拠となったと言えます。
この結論を見出すまでに、4~5年ほどの時間を研究開発に費やしてきました。
編集部)えっ、そのくらいで解明できたのですか?もっと数十年規模の時間がかかる研究だと思っていました。
山口先生)その前段階である研究では膵臓をつくることができないマウスの体内に、ラットの細胞由来の膵臓を作製することは成功していましたから、本研究だけで言うとそのくらいの期間でした。5年の間には幾つかの思わぬ事態が発生したりしましたが、それらを含めても概ね順調だったと言えます。今回カギとなったのは、異種の体内で作られた膵臓を移植しても治療効果が認められたこと、また膵臓以外の神経や血管に数%ほど異種の動物細胞が存在しても治療には影響がなく安全であることがわかったのも成果でした。
これからのこと、治療法としての具現化までに必要な道のりとは?
日本IDDMネットワーク) 免疫攻撃についてはどんな状況が判明しているのでしょうか?
山口先生)それは良い質問ですね。まさに現在、免疫攻撃される細胞についてや、どのようなことが体内で起こっているのかについて検証しています。また、今回の方法と同じ方法でヒトの膵臓をつくることができるかはわかりませんが、将来的にヒトに移植する場合のさまざまな方法を考えています。マウスやラットなどではなく、大動物で臓器を作製する研究も進めています。最終的な目標はヒトの膵臓をブタの体内で作製し移植することですが、日本の法律ではキメラの作製が認められていませんのでもちろん実験を行うことはできません。
日本IDDMネットワーク) なるほど、人への移植が治療法として具現化するには法律も含めてさまざまな課題が残っていますね。日本と海外では研究環境にどういった違いを感じられますか?
渡部先生)日本と違ってアメリカでは研究機関のそれぞれでさまざまな決定の可否を判断する風土があります。私たちは現在日本で研究をしていますから、日本においてはルールの遵守を大原則にして進めています。チンパンジーの細胞からiPS細胞を作製して豚へ移植して今回の結論を実証できれば、この技術がヒトにも使えるという将来への可能性を示すことができるでしょう。研究とは、こうして着実な道のりの上で可能性を示していくことで世論が近づいてくるものだと思います。アメリカではヒトのiPS細胞をブタの胚盤胞に注入してブタの子宮に移植するという実験はすでに一部で認められており、日本初の我々の研究が海外に追い抜かれてしまう可能性があります。日本でも研究の進歩を見ながら、規制の落としどころをどこにするかの議論がされています。
左:なかなか拝見する機会のない研究室。 右:実際に私たちも顕微鏡をのぞかせていただきました。
編集部・日本IDDMネットワーク) ありがとうございます。最後に、私たちが研究者の皆さまに貢献する方法は寄付以外にはどういったことがありそうですか?
渡部先生)今回のような機会もいいですし、研究者と患者さんの意見交換の場を設けていただくのも有益ですね。それと、研究者と患者以外での、病気と接点を持たない一般の方々がこうした問題や進展している現状を理解する努力があってこそでもありますので、そういうハブになっていただくことも期待しています。
日本IDDMネットワーク) 本当にそうですね。多様な機会を検討して実践していきたいと思っています。先生、一般にこうした研究に必要とされる費用はどのくらいになるのでしょうか?
渡部先生)異種動物の体内で臓器をつくるというプランを中内教授(東京大学医科学研究所)が作成し、平成19年からの7年間で25億円以上の金額がかかりました。 今回の成果だけでなく、周辺の様々な研究が合わさった金額ですが、現在のプロジェクトも5年間で20億円以上と考えられます。平成19年の初期は6チームの機関が参加しており、現在は4チームが参加のうえ進めています。
社会的な課題なのですが、若手研究者が参入しにくい世の中になっていると感じています。日本では 「研究で生きていこう」 という選択がある種の博打的な要素を含むと思われているフシがありますね。だから私たちは、こういう活躍の場があるよ、というのを伝えていく、またつくりだしていくことが大切です。あまりにも情報がたくさんあふれかえっているので、「科学などなくてもいいのではないか」 と思われてしまってはいけません。果たして教育現場ではサイエンスがあるべき理由をどう伝えているのかな、と思ったりします。サイエンスに対する謙虚さ、本質を考えるということは、国による方針や姿勢とバランスしていくものです。
【患者・家族や支援者の方々へのメッセージ】
山口先生)日本人は物事の結果を早く見出してしまうせっかちな側面があります。そんななかで時間を要して確実な結論を導いていく研究というものを認めていただくということは難しいことだろうと思います。にも関わらず、こうした研究に寄付を投じていただけることはとてもありがたいことだと感じています。だからこそ、なるべく早く治療法として実現したいと考えて研究を進めています。
渡部先生)私たち研究者は、今だけを見るよりももう少し先を見て今をどうするか?を常に考えています。研究がすぐに医療を提供するという状況ではないですが、将来は必ず、こういう技術がいくつかの選択肢のなかで育っていくと信じています。その立場に立って、みなさんと考えていきたいと思っています。
【研究の現場から】
お話をお聞かせいただいた後に、山口先生より研究室をご案内いただきました。想像していたよりも平均年齢の若いチームという印象で、研究室に入る以前は大手印刷会社に勤務していたご経歴の方や、顕微鏡で細胞を見せてくださった方も柔和でわかりやすくご説明してくださいました。何より、山口先生は編集部の研究者に対するイメージを根底から変えてしまいました!趣味のテニスや学生時代のお話などをお聞きすると、私たち一般人と違う世界の住人ではないのだ、先端研究を推進する先生も私たちと同じなのだ、と改めて当たり前のことを認識することができました。
気さくで明るい雰囲気の研究室のみなさん。
山口先生たちが進めていらっしゃる研究は、間違いなく1型糖尿病治療におけるとてつもなく大きな前進です。また機会がありましたら今度はぜひ読者の方と再訪したいです。そして、この研究に対する1型糖尿病根治への期待を、患者・家族や寄付者の皆さんと一緒に研究者の皆さまへのエールとしてお送りしていきたいと思ったのでした。