第5回 患者が行く、研究室訪問~京都大学 iPS 細胞研究所 長船健二研究室

京都大学 iPS 細胞研究所 ( CiRA )  腎臓・膵臓・肝臓再生研究グループ 長船健二研究室を訪れました。長船先生の研究は日本 IDDM ネットワークによる 「1型糖尿病研究基金 研究費助成課題」において、過去に二回、研究費助成課題の一つとして採択されています。日本 IDDM ネットワークの大村詠一専務理事と共に、6名の患者さんに研究室訪問に参加していただきました。

Dr.Osafune4

 

PRESS IDDM ) 本日はよろしくお願いします。

 

長船先生 )よろしくお願いします。

本研究室では、 iPS 細胞を用いた糖尿病に対する再生医療開発を行っています。

1型糖尿病の根治的治療法としては、膵臓移植や膵島移植が挙げられますが、常にドナー不足に悩まされています。その解決策として期待されている再生医療で、私たち iPS 細胞研究所は、 iPS 細胞から膵臓や膵島を作ることに取り組んでいます。

iPS 細胞というものは、患者さん本人の細胞に山中4因子とよばれる遺伝子を導入します。言葉にすると難しいんですが、実際には液をポタポタ垂らすだけで培養できるんですね。この細胞は無限に増え続けて、膵臓を含めた体の中のすべての細胞にすることができます。

ですので、臓器を作る方法さえ確立できれば、無限に作ることも可能になる。このことから再生医療の材料となる細胞として期待されています。

iPS 細胞には、原型となっている ES 細胞という細胞があります。これは普通に発達したら他人になるような、ヒトの受精卵から作るものですから、移植すると拒絶反応が起こる場合が考えられます。

それを抑える免疫抑制剤という薬を飲むと、そのこと自体で感染症になったり、ガンになってしまう危険性があります。それに、 ES 細胞はヒトの受精卵を元にしますので倫理的な問題もある。

それら2つの問題解決を可能としていることから、 iPS 細胞は特に期待が寄せられています。

PRESS IDDM ) iPS 細胞とはすべての細胞を作ることができるのですね。

 

長船先生 )はい。ヒトはお母さんのおなかの中で赤ちゃんになって、それから大人になっていきますよね。これを発生といい、その仕組みのまねをして膵臓を作るということになります。

すなわち、ヒトの細胞に刺激が加わって赤ちゃんの膵臓ができ、赤ちゃんの膵臓にまた刺激が加わって大人の膵臓になります。これと同じように iPS 細胞へ刺激を与えることで、赤ちゃんの膵臓に、そして大人の膵臓していく、というものです。

ただ、細胞を培養するにはお金や人の手がかかるということも言えます。培養皿で膵臓の細胞を作る際、実験で使うネズミに移植する分だったら培養皿200枚くらいになります。これがヒトになると2000倍、4000枚の培養皿になります。こうなると人間の手にはおえなくなります。

 

PRESS IDDM ) 培養が人の手でできなくなる原因は、何か継続的な試薬を入れるといった条件などでしょうか?

 

長船先生 ) そうです。細胞は生きているので、培養液で栄養をあげる必要があります。

培養皿には100個の穴が開いていて、それぞれにiPS細胞が入っています。そこに培養液をとって入れていくのが4000枚にもなると、人間の手ではとてもできません。ですので、企業さんと協力して大きな機械で自動に培養する装置を作ろうとしています。

また、先ほど申し上げた細胞を膵臓に変える刺激というのは、一般的にはタンパク質や化合物です。お母さんのおなかの中を再現してタンパク質を iPS 細胞にふりかけて作り出し、体重30gのネズミに移植するには約2万円かかります。65kgのヒトに移植しようと思ったら、単純に体の大きさが2000倍くらいになるものだから、4000万円にまで膨れあがります。

1回の実験にそれだけの額を使うのは、とても大変です。一方で化合物は非常に安く、タンパク質と比べて1/1000くらいのコストになることもあります。ですので、適応した化合物を探すということもやっています。

タンパク質は100種類くらいしかないけれど、化合物はこの世に無数にあるので、その中から膵臓を作ることができるものを見つけるために、研究室にあるロボットを使って高速で調べています。

すでに iPS細胞 から作った細胞を用いた移植は実験用マウスで効果が出ているので、こういった仕事量や資金の問題を協力企業さんと一緒に解決しようと思っています。

また、専門的な話になりますが、 iPS 細胞をヒトに移植して何か危険があると困りますよね。そのため、世界的にバッグのような入れもの (免疫反応デバイス) を利用した移植が考えられています。このバッグは平べったい名刺くらいの大きさで、中に膵臓の細胞を入れて、腰やおなかの皮下に移植します。ホッカイロのようなイメージです。

バッグには小さな穴が開いていて、栄養や酸素は通ることができますが抗体や白血球では穴が小さすぎて入れません。通常なら1型糖尿病の方に膵臓の細胞を移植しても自己免疫が攻撃してしまいますが、このようなデバイスを用いれば、栄養や酸素は行き渡るから細胞は生きているけれども、免疫には攻撃されないってことになるんですよ。

 

PRESS IDDM ) そうなると、免疫抑制剤はいらないということですか?

 

長船先生 ) そういうことです。この方法がうまくいったら免疫抑制剤を飲まなくて済むと考えられます。

それに、1型糖尿病患者さん本人の iPS細胞 から膵臓を作ると、また糖尿病を起こすかもしれないですよね。その副作用がなくなるというメリットもあるかと。

もう一つは、この細胞が将来ガン化したりしたときに、バッグごと取り出せるということがあります。直接体内に入れてないから、細胞がどこに行ったのかわからない、といったこともない。移植後に何か危ないことが起こってもすぐに対応できます。

将来的には直接移植しても問題がなくなるかもしれませんが、万が一のためにこういうものを作ろうとしています。我々としては移植用バッグに入れた細胞を凍らせて、

研究室訪問に参加した患者・家族と長船先生(中央)

そのまま輸出とかできる方法や、一年に一回の取り替えで済む方法などを考えています。

皮下に入れたものだと比較的に手術の範囲は大きくないので、全身麻酔ではなく局部麻酔でちょっと切って取り出して、新しいバッグを入れたりする。先々では、どうにかこのバッグの中身である細胞だけを入れ替えることはできないかなと考えています。

今はこの移植をしても安全か、皮膚アレルギー反応などが起こらないかを調べているところです。

 

PRESS IDDM ) 治験に関しては希望者を募るのでしょうか?

 

長船先生 ) そうですね。おそらく京大病院から募集がかかると思います。

皆さんが一番気になっていることは 「実現するのは何年先なのか」、だと思います。最短で5年くらいかと想定しています。3年ちょっと先に、京大病院に iPS 細胞を移植するための病室ができる予定です。今建設中のその病室が完成したあと、すぐにでも進めたいと考えています。

 

PRESS IDDM ) それでは、日本 IDDM ネットワークに期待することはありますか?

先日発表したのですが、山田和彦賞という1000万円の研究資金贈呈の賞ができたんです。

そういった要望として、必要なのは研究資金なのか、患者さんのデータなのか。何か、私たち患者が役に立てることがあれば教えてください。

 

長船先生 )研究資金は大切ですね。日本 IDDM ネットワークさんからの助成を有効に使わせていただいています。ありがとうございます。

それと患者さん方からは、継続的に再生医療に対する期待の声をあげてほしいと思っています。

山中先生がノーベル賞をとられて10年間は、政府がサポートを続けてくれますが、その先は興味を失われてしまう可能性があります。けれど、そんな10年とかで完成する研究ではないのです。もし3年後、4年後に治験を始めたとしても、もっと効率よく細胞を作る方法を探すとか、みんなが受けられる医療にするためには、解決しないといけないこといくらでもあるのです。

治験を始めたら終わりではなく、医療として確立されて、皆さんがインスリン注射を打つ必要がなくなって、低血糖を起こさなくなるのが目標ですから。

政府は10年間のサポートはしてくれるけれど、そこから先は、やはり皆さんが常に声をあげて、こういう再生医療の研究が必要だって言い続けてくださることが支援になりますね。

サポートがなくなってしまうことで、これまでの研究を無駄にはしたくない。

だからこそ、継続的に皆さまに興味を持っていただいて、再生医療、 iPS 細胞が必要だって言っていただくことが、我々には一番重要なことじゃないかと思っています。