中内:この実験が成功したことから、ブタの体内でヒトの膵臓をつくることができる可能性が出てきました。患者さんはこれができたら移植に使ってもいいと思いますか。
尾白:初めは驚きました。正直なところ、他の人が使うのは構わないけど、自分は使わないかなと思いました。しかし詳しくお話を聞くうちに、気持ちが少しずつ変わってきました。考えてみれば、昔はブタのインスリンを血糖値の調整に使っていたのですからね。ブタの膵臓でも・・・
中内:いやいや、これはブタの体内でつくりますが、ブタの細胞ではなくヒトの細胞ですよ。
尾白:あっそうでした。失礼しました。
鶴田:ブタのインスリンしかない時代はそれしかなく、それでもありがたいと思って使ってきました。次にブタがつくってくれた自分由来の膵島があれば、ありがたいと思って試したい人はいるのではないでしょうか。
尾白:でも心配ごとはまだあります。もし自分の膵島を移植できるようになっても、また1型糖尿病になるということはないのですか。
中内:私もそれを心配しています。
鶴田:それは1型糖尿病の原因が分かっていないからですか。
中内:ある程度は分かっています。少なくとも一部の1型糖尿病は自己免疫疾患と考えられているので、もう一度自分の膵島を移植したらまたやられるということは十分に考えられる。でも私は意外とそうでもないと思っています。自己免疫疾患も病気を発症した時点での環境要因があるからです。多分多くの場合、移植すれば、今の膵島移植よりはるかに持つ、一生ものではないかと思っている。
尾白:移植に使うのは膵臓ではなくて、膵島ですか。
中内:そうです。今は膵島移植の技術が確立しています。膵島移植だと血管とか神経もいらないし。今の私たちの技術はまだ初期の段階なので、血管とか神経までは自分のものなりません。膵臓丸ごと移植した場合、血管とか神経はブタ由来のものになりますが、実際に使うのは膵臓をばらばらにした細胞の移植(膵島)なので、血管については大きな問題になりません。
鶴田:膵島は注射か何かで移植するのですか。
中内:門脈(肝臓につながる大きな静脈)に移植します。ベータ細胞は単独でも機能できるので、血糖を感知してインスリンを分泌してくれれば場所はどこでもいいのです。
鶴田:生着しないで体の外へ出てしまうことはないのですか。
中内:これまで行われてきた膵島移植では、2、3年で耐糖能が落ちてしまう人が多かったのですが、これは、他人の膵島を移植したことによる免疫拒絶反応によるものと考えられています。しかし、自分の細胞を移植する場合には拒絶反応はありませんので、長期に生着すると推測しています。でも、こういうことは、やってみなければ分かりませんが。
尾白:ブタの体の中でつくる場合と、ヒトの体の中でつくられる場合とでは、つくられる材料は違わないのですか。
中内:ブタの細胞が使うアミノ酸もヒトの細胞が使うアミノ酸も同じですよ。
鶴田:じゃあ私たちは、ブタと同じものでできているんですね。
中内:そうですよ(笑)。ブタどころか、ハエだって実は大して変わらないんですよ。しいて言えば、ブタの体の中でヒトのベータ細胞ができたとすれば、その細胞が幼いときつきあっていた仲間がブタの細胞だったということです。血管はブタの細胞でできていますが、血液によって送られてくるアミノ酸などの栄養物は、ブタもヒトも同じですからね。
やっぱり抵抗ありますかねぇ?
尾白:う~ん。話を聞くと同じだとわかるんですけど。
中内:今では、免疫抑制剤の進歩もあり、夫婦間で腎臓移植を行うこともできるようになってきました。また、心臓にブタの弁をつけている人もたくさんいますよ。人工弁よりいいという人もいる。
尾白:動物のものを人間に使うということは日本でも行われているのですか。
中内:はい。行われています。心臓の弁の話は、ブタそのものを使うということです。これに対して私の研究はブタそのものではなく、ブタの体の中でつくったヒトの細胞です。大分違うと思いませんか?
尾白:しかし、ブタの体の中でヒトの膵臓をつくる研究そのものが規制により行えないと聞きましたが。
中内:動物の胚にヒトの幹細胞を注入して子宮に戻すという実験自体が、ガイドライン上やってはいけないということになっています。残念ながら今の日本のガイドラインではこの方法でブタの中でヒトの膵臓をつくることは認められていません。イギリス、アメリカでは許可を得て行うことができます。ガイドラインのある国の方がむしろ少ないです。こういった国では、正直、患者さんの声が大きいです。早く研究を進めてほしい、治療をやらせて欲しいという要望があると、役所も素早く対応してくれると思います。
尾白:患者の声が大切だと感じていますが、これまで患者の声を研究者に届ける道がなかったと感じています。しかしもう一方で、患者さんからも声が上がってこない気がします。
中内:OECDの調査などでは、日本人は科学への興味が高くないといわれています。イギリスでは、クローンのことについてビールを飲みながら議論する。日本にはそういう環境がありませんね。それに病気によっては家族への配慮などから患者さんから声を上げることができないこともあります。その中で1型糖尿病や脊髄損傷の患者さん、家族は頑張っています。1型糖尿病は子供に発症するので親もがんばるし、脊髄損傷の人も事故が多いのでこれまで社会経験のある人も多く、社会復帰を目指して頑張る人が多いのです。だからそういう人たちにぜひこういった面でも医療を進める力になってもらいたいですね。
尾白:膵臓をブタの体内でつくろうと思うと、費用は高くないのですか。
中内:医療費の面から考えてもメリットはあるはずです。膵臓をつくることにお金はかかりますが、子どもが一生インスリン治療を受けることと比較すれば1回の移植ですみ、社会全体として安くなるはずです。その間のクオリティオブライフも全然違います。基本的には「治る」と同じことです。
尾白:夢のようです。
中内:いや、夢はね、一番いいのは病気を発症させないことです。
尾白:そんなことできるんですか。
中内:全部とは言いませんが、かなりのところまでできると思います。今でも脈拍、血圧、呼吸数、体温を長期間にわたってモニタリングすれば、その人の健康状態についてかなり良く分かります。
鶴田:すごいけど、ちょっと怖いですね。
中内:血液検査などしなくても、脈拍、血圧、体温などのバイタルサインからでもかなりのことは分かります。私も最近は毎日体重を測ってますよ。これがよく効くんですよ(笑)。簡単なことでも長期にわたって継続的に情報を集めて解析すれば、たとえば生活習慣病のかなりは防げるでしょうし、他の病気についても同じで、早く病気を見つければ、本人にとってもうれしいし、社会にとっても助かります。
尾白:でも遺伝的に病気になりやすいということはありませんか。
中内:多くの病気の場合、遺伝的要素だけでは発症せず、いくつもの要素やトリガー(引き金、誘因)が必要です。たとえトリガーが来ても、治療が早ければ重症にならずにすむでしょう。これからはIT技術等を利用して生体から得たいろいろな情報を最大限活用して病気の発症予防、早期発見を目指すべきです。
中内:ところで今日研究室に来て驚いたこととかありましたか?こういうものが見たかったとか、知りたかったとか何かありますか?
尾白:とても楽しかったです。今日は3人でお邪魔しましたが、もったいないことをしました。もっと多くの人を連れてきたかったです。また、こういう機会をお願いできませんか。
中内:もちろんこういう機会があると、私たちにも刺激になります。でもこういう研究は研究者が説明するより、一般の人が普通の言葉で話した方が分かりやすいのですよ。アメリカの病院や美術館にいるボランティアのような人がいればいいんだけどなぁ。私たちも研究を理解してもらうために、説明の材料としてビデオを作ったりしてますよ。
尾白:そのようなボランティアを、患者ができるようにならないといけませんね。今日は長い時間、お付き合いいただいて有難うございました。
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