第1回 患者が行く、研究室訪問 ~東京大学医科学研究所 中内啓光先生~ 第2話

 

研究内容について、渡部さんと小林研究員から話を伺いました。この研究では3つのことに成功しています。ここでは、専門的な知識がなくても分かるように、この研究の目的と、そのために行った3つの実験を順番にご紹介します。さらに詳しく知りたい方は、以下のホームページで資料をご覧になるか、図書館で雑誌をさがしてみて下さい。

研究の目指すゴール
動物の体内でヒトiPS細胞由来の膵臓をつくることはできるのか?

iPS細胞由来の膵臓をつくる過程

図は、中内先生の研究室よりご提供いただきました。

iPS細胞は体のあらゆる細胞になれる細胞で、皮膚や血液の細胞に特定の因子を導入して作られます。皮膚や血液がほんの少しあれば、その人に応じたiPS細胞をつくることもできます。中内先生の研究室では、動物の体の発生の仕組みを利用して、動物の体内でiPS細胞から膵臓を丸ごとつくれないかと考えました。その方法として、あらかじめ膵臓のできない動物を作製し、その動物の発生のごく初期の段階でiPS細胞を入れることを考えました。iPS細胞が動物の発生とともに膵臓の空きを埋めるように成長すれば、iPS細胞由来の膵臓を持った動物が生まれてくるのではないかと考えたからです(図の上段)。この際、自分のiPS細胞を用いれば、ここでできた膵臓は自分の細胞と同じ細胞から構成されていると考えられます。そのため、移植の際の免疫拒絶を少なくすることが期待されています。

このような究極的な再生医療を目指したその最初のステップとして、マウスとラットという2種類の実験動物を使ってiPS細胞由来の臓器作製を目指して実験を行いました(図の下段)。ここでは、ラットとマウスを使って実際に行い成果を上げた3つの実験について紹介します。

 

成功したこと その1
マウスのiPS細胞から、マウス体内に膵臓をつくること

マウスの段階で成功

図は、中内先生の研究室よりご提供いただきました。

  1. まず、Pdx1 KOマウス(Pdx1ノックアウトマウス)を用意します。このPdx1 KOマウスは膵臓をつくるのに必要なPdx1という遺伝子を働かなくし、膵臓をつくれなくしたマウスです。このマウスは自分で膵臓をつくることができないので、生後すぐに死んでしまうそうです。
  2. 一方、普通の健康なマウスからつくったiPS細胞に、GFPといわれる緑色の蛍光を発するたんぱく質を加え、後から追跡できるようにマークをつけます。
  3. Pdx1 KOマウスの受精卵が胚盤胞※になったところで、②のiPS細胞を注入します。これは顕微鏡で観察しながら行う作業で、0.1mm程度の胚盤胞を抑えながら、胚盤胞の中に細い針でiPS細胞を注入します。これは手先の器用な小林研究員のスゴ技です。 ※胚盤胞とは、受精して4日程度たったもので100個くらいの細胞のボールになっています。この時期の細胞は、どんな細胞にでもなれる多能性を持っています。

    顕微鏡の写真
    写真 胚盤胞にiPS細胞を注入する顕微鏡

  4. ③で作成した胚盤胞を、仮親の子宮に移植して、新生仔の誕生を待ちます。

実験の結果
Pdx1 KOマウスは通常膵臓をつくることができませんが、生まれたマウスには膵臓があり、正常に機能していることが確かめられました。
生まれたマウスの膵臓が緑色に光っていることから、Pdx1 KOマウスの体内に、iPS細胞由来の膵臓ができたことがわかりました。

 

成功したこと その2
ラットのiPS細胞はマウス体内で発生することができる
またはその逆、マウスのiPS細胞もラット体内で発生することができる

マウスとラット間での互換関係について

図は、中内先生の研究室よりご提供いただきました。

次に種の異なった動物(この実験ではマウスとラット)でキメラをつくろうと試みます。キメラとは、同じ個体の中に遺伝情報の異なった細胞が混じっていることで、その個体をキメラといいます。種の異なる動物で臓器をつくるためには、後から入れた細胞がもともとの動物の胚の発生に歩調を合わせて発生しないと上手くいきません。上手く歩調を合わせて発生が進むかを確かめるための実験です。

上の右側の図を見て下さい。

  1. 普通の健康なマウスの胚盤胞を用意します。
  2. 一方、普通の健康なラットからつくったiPS細胞に、GFPといわれる緑色の蛍光を発するたんぱく質を加え、追跡できるようにマークをつけます。
  3. マウスの胚盤胞に、②のラットのiPS細胞を注入します。
  4. ③で作成した胚盤胞をマウスの仮親の子宮にもどします。この一連の実験は、マウスとラットを入れ替えても行いました。つまりラットの胚盤胞に、マウスのiPS細胞を入れる実験も行いました(上の左側の図)。

実験の結果
下の写真を見て下さい。左から、普通のラット、マウスのiPS細胞を入れたラット、ラットのiPS細胞を入れたマウス、普通のマウスです。左から2匹目のキメラのラットは、普通のラットと違い、毛の色が少し黒くなっていることがわかります。これはマウスのiPS細胞がラットの発生に歩調を合わせて発生したことを表わしていて、このような動物を、マウスとラットという異なった遺伝情報の細胞を持つキメラといいます。②でつけたiPS細胞の緑色に光るマークを追跡してみると、ほぼすべての組織にマウスのiPS細胞由来の細胞があることが分かりました。
このことから、iPS細胞が、種の異なる動物の体内でも正常に発生することがわかりました。
マウスの写真

写真は、中内先生の研究室よりご提供いただきました。

 

成功したこと その3
ラットの膵臓をマウスの体内でつくること

成功したこと3

図は、中内先生の研究室よりご提供いただきました。

いよいよ2010年9月に発表された最新の実験結果です。これは1つめの実験と2つめの実験の結果を組み合わせています。自分では膵臓をつくることのできないマウスに、種の異なるラットの膵臓をつくろうという試みです。

  1. まず、Pdx1 KOマウスを用意します。これが膵臓をつくれないマウスです。
  2. 1つめの実験とは異なり、今回はマウスではなくラットのiPS細胞にGFPといわれる緑色の蛍光を発するたんぱく質を加え、追跡できるようにマークをつけます。
  3. Pdx1 KOマウスの胚盤胞に、②のラットのiPS細胞を注入します。今回はマウスのiPS細胞ではなく、ラットのiPS細胞というところが先ほどと違います。もちろん今回も、手先の器用な小林研究員のスゴ腕発揮です。
  4. ③で作成した胚盤胞を、仮親のマウスの子宮にもどして、新生仔の誕生を待ちます。
実験の結果
本来膵臓をつくることのできないPdx1KOマウスは、膵臓を持って生れてきました。そして膵臓として正常に機能していることも確かめられました。生まれたマウスの膵臓が緑色に光っていることから、本来なら膵臓を持つことができないPdx1 KOマウスの体内に、ラットのiPS細胞由来の膵臓ができたことがわかりました。実験1と違うのは、マウス同士ではなく、種の違うマウスとラットの間でも膵臓をつくることができたことです。 このマウスは成体にも発育し、血糖値を正常に保つはたらき「耐糖能」も確かめられています。

 

お分かりいただけたでしょうか?ちょっと難しかったかもしれませんね。中内先生のこの研究は、お役立ちマニュアルPart3(p76-81)でも紹介しています。その時に成功していたのは、ここで紹介した2つめの実験まで、その後1年で3つめの実験を成功させ、さらにブタを使った研究を始めることを表明しています。SFのような話が現実になるのは、そんなに遠くないのかもしれません。

では一息入れて、和やかなおしゃべりの時間です。

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