動物の体内でのヒトの臓器作成

凡例:*1…注釈番号

執筆者

山口智之(東京大学医科学研究所 特任准教授)

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2001年筑波大学大学院医学研究科修了、その後ミネソタ大学、理化学研究所、科学技術振興機構 ERATO中内幹細胞制御プロジェクト、グループリーダーを経て2014年より現職

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はじめに

人工多能性幹細胞(iPS細胞)はその名のとおり、体中のすべての組織になることができる万能細胞であり、再生医療においては治療用の組織、細胞を再生するためのソースとして非常に期待されています。iPS細胞は、自分自身の細胞から自分自身の治療に用いる組織や細胞を無限に作り出すことが可能であり、移植後の拒絶反応の問題も回避できる点が非常に優れています。

実際にiPS細胞から体外で作製された網膜色素上皮シートは加齢黄斑変性(視力の低下を引き起こす病気)の治療に用いられ、その有効性、安全性が確認されています。その他にもiPS細胞から体外で作製したドーパミン産生細胞によるパーキンソン病治療、心筋シートによる心臓治療、血小板による再生不良性貧血の治療などが今後予定されています。

このように、iPS細胞から体外で治療用細胞を作り出す方法の開発は著しく進歩し、生体内の細胞の機能に近い細胞を作り出すことができるようになりました。

しかし、いくらiPS細胞が万能でも三次元構造を持ち、成体の臓器と同等の機能を持つ臓器を体外で構築するのは未だに困難です。なぜなら、「臓器」が形成されるためには、胎児が成長する過程で起こる非常に複雑な細胞間相互作用を経ることが必要であり、この複雑な細胞間相互作用を体外で再現するのは現在のところ困難であること、また、200μmを超える厚さの組織は、血流のない体外の環境では深部の細胞が壊死(えし)してしまう為、たとえ、3Dプリンターなどで、臓器を作り出すことができても、通常の装置では培養することが困難であるからです(図1)。

・分化誘導:細胞の培養方法を変えて違う性質の細胞に変えること
・リプログラミング:体の細胞を変化させて、受精卵の細胞の性質に戻すこと

筆者らは、iPS細胞を動物の胚盤胞(はいばんほう)と呼ばれる胚*1注入して、動物の体のなかで、臓器に育ててもらうという手法(胚盤胞補完法)を使って、膵臓の作製を目指しています。筆者らのシステムは、上記の複雑な細胞間相互作用も血流の問題も障壁にはならない、理にかなった手法なのです。

*1 胚…受精卵からすこし成長した個体

実験動物学の基礎およびこれまでの発展経緯

iPS細胞を動物の胚盤胞の中に注入して動物の子宮の中に移植すると、iPS細胞は動物の胚が子宮のなかで成長するのに協調して分裂や変化をくりかえし、やがて産まれた動物の体の一部になります。このように2種類以上の細胞(ここでは胚盤胞由来の細胞とiPS細胞由来の細胞の2種類)が共存した動物個体のことを「キメラ」とよび、キメラの体の一部になる能力のことを「キメラ形成能」といいます(図2A)。

このキメラ形成能はiPS細胞を含む多能性幹細胞のみが持つ特別な能力です。このキメラを作る際に、遺伝的に特定の臓器ができないようにした胚にiPS細胞を注入すると、iPS細胞が胚の代わりにその臓器を補完してiPS細胞からできた臓器をもつキメラが産まれます(図2C)。この方法のことを「胚盤胞補完法」と呼びます。

この胚盤胞補完法の概念は1993年にChenらによって初めて示されました。彼らは、血液細胞のなかでも免疫にかかわる細胞であるRecombination activating gene 2 (Rag2)というリンパ球の形成に必要な分子を遺伝的に欠損し(遺伝子を欠損させることをノックアウトといいます)、リンパ球を作ることができないRag2ノックアウトマウスの胚盤胞にマウスのES細胞(iPS細胞と同様の万能細胞)を注入し、キメラマウスを作出することで、注入したES細胞由来のT細胞、B細胞をキメラマウス体内に作製しました(図2B)。

近年、この手法を臓器作製に応用し、動物体内にiPS細胞から臓器を作製する試みが複数行われてきました。筆者らは、膵臓形成に必要な遺伝子であるPdx1を欠損し、膵臓が形成されないPdx1ノックアウトマウスの胚盤胞に別のマウスのiPS細胞を注入することでキメラマウス体内に完全にマウスiPS細胞由来の膵臓を作製することに成功しました。マウス体内に作製された膵臓の内分泌*2、外分泌*3および膵管*4は、完全に注入したiPS細胞由来であり、形態も機能も正常な膵臓と同様でした。さらに、そこから単離した膵島により糖尿病モデルマウスの治療にも成功しました。

*2 内分泌…ホルモンを分泌する細胞
*3 外分泌…膵液を分泌する細胞
*4 膵管…膵液を胆管に輸送する管

同じ方法で、その他のグループからも、腎臓ができないSall1ノックアウトマウスに腎臓、血管と血液ができないFlk1ノックアウトマウスに血管と血液、肺ができないFgfr2ノックアウトマウスに肺、脳ができないEmx1-cre;R26-DTAマウスに脳が作製され報告されました。さらに、マウスなどげっ歯類とは胎仔の成長のシステムが全く異なるブタにおいてもPDX1ノックアウト、FLK1ノックアウト、SALL1ノックアウト、HHEXノックアウトブタにそれぞれ、違う系統のブタ多能性細胞由来の膵臓、血管内皮、血液、腎臓、肝臓の作製に成功しています(表1)。

 

この胚盤胞補完法の目的は、ヒトの臓器を動物体内に作製し、移植治療に用いることです。

これを実現させるためには、ヒト-動物キメラという異種間のキメラ動物作製が必要になります。異種間キメラ作出の試みは1970年代から行われてきましたが、筆者らがこの研究を始めた2007年当時報告されていたのは、ヒツジと山羊の異種間キメラであるギープとオキナワトゲネズミとハツカネズミの異種間キメラのみでした。

そこで、筆者らは実験動物を使った異種間キメラ作出に挑戦し、世界で初めてラット-マウス異種間キメラの作出に成功しました。そして、このラット-マウス異種間キメラ作出技術と胚盤胞補完法を組み合わせ、マウスの体内にラットの、ラットの体内にマウスの膵臓を作製することにも成功しました(図3)。

さらに、このラット体内のマウスの膵臓から膵島を単離し、糖尿病モデルマウスに移植したところ、1年以上の長期に渡って免疫抑制剤なしで正常に血糖値をコントロールすることができました(図4)。

この異種動物体内に作製した膵臓による糖尿病の治療の研究成果は、NewYork Times や BBCなどの世界中の主要マスメディアで報道され、次世代の移植治療法として非常に期待されています。

異種間の胚盤胞補完による臓器作出に関しては、他のグループでも、Isotaniらがヌードマウス*5体内でのラットES細胞由来の胸腺の作出、またGotoらはSall1 mutant ラット体内にマウスES/iPS細胞由来の腎臓の作出に成功したことを報告しています(表1)。

*5 ヌードマウス…免疫細胞を育てる機関である胸腺を遺伝的に欠損しているマウス。体毛が欠如している。

国内外の研究開発の現状と今後の展望

上述のように胚盤胞補完法によって動物体内にヒト臓器をつくるにはヒト-動物キメラの作製が必須ですが、これまで国のガイドラインで、ヒト-動物キメラを産ませることは禁じられていました。そのガイドラインが2019年7月に改正され、ヒト-動物キメラを作り出す実験の施行が可能となり、いよいよヒトの臓器を動物体内に作製する実験を行う段階になりました。しかし、ヒト-動物キメラを作り出すには大きな壁があることも事実です。その大きな壁の一つがヒトとげっ歯類のiPS細胞の性質の違いです。ヒトのiPS細胞はその性質からキメラ形成能がないと考えられています。実際にマウスの胚に注入すると、1日でほぼすべての細胞が死んでしまいます。

最近、筆者らや他のグループは細胞死を抑えるように遺伝子改変をしたヒトiPS細胞を使えば、ヒト-マウス異種間キメラを作り出すことができる可能性があることを報告しました(図5)。

また、ヒトiPS細胞の培養法を工夫してマウスiPS細胞と同等の性質にすることで、ヒト-マウスまたはヒト-ブタ異種間キメラが作出できたとの報告もあります。しかし、これらの報告ではキメラの体に対するヒト細胞の割合が非常に少ないため、胚盤胞補完法によるヒト臓器作出にはさらなる壁の突破が必要になると予想されます。その壁は何なのか、どうやったら突破できるのかを、様々な手法で見つけ突破することが現在の課題です。

筆者らが胚盤胞補完法での膵臓作製を最初に報告してから10年が経過しようとしています。ガイドラインも改正され、動物体内でのヒト膵臓作製というゴールが近づいてきました。最後の壁はこれまでにない大きな壁です。ですが、10年前に誰がラットの体内にマウスの膵臓ができると想像したでしょうか?筆者らは不可能と思われることを可能にするために日夜努力しています。1型糖尿病に苦しんでおられる方々も科学の力を信じて頂き、希望を持ち続けて頂けたら幸いです。

参考文献

図3、4 Nature volume 542, pages191–196(2017) より改変、引用。
図5   Cell Stem Cell 2016 Nov 3;19(5):587-592. より改変、引用。

おすすめの書籍や文献など

Newton 2017年7月号 Newton Special 『忍び寄る糖尿病』
Newton別冊 2018年7月号 『現代人を悩ます五大疾病』