第9回 患者が行く!研究室訪問 〜東京工業大学生命理工学院 粂昭苑先生〜(後編)

1型糖尿病の患者・家族や支援者のみなさんと東京工業大学生命理工学院教授の粂昭苑先生の研究室を訪問し、お話をうかがいました。

前編に引き続き、参加者と先生の質疑応答の様子をご紹介します。

粂先生の研究については研究概要書をご覧ください。

なお、本事業は大塚商会ハートフル基金の助成を受けて開催することができました。

目次

(前編)

(後編)

粂先生からのメッセージ

研究室訪問(後編)

質門コーナー


Q:マウスへの移植はどのような方法で行うのですか。

A:今は腎臓の被膜下に移植します。将来ヒトの場合は免疫隔離膜を使いたいと思っていますが、まだ開発段階なので、まずは細胞の働きを評価するために免疫不全マウスを用いて、腎臓の被膜の下に移植しています。血流がいいから、移植先としていいということが知られています。

膵臓だと損傷されると消化液を出すので膵炎を起こしたり排除される可能性があったり、適した場所というわけではありません。

 

Q:もし膵島細胞を移植した場合、細胞はどれくらい生存しますか。

A:移植細胞の生着率も重要ですが、本格的な動物実験はこれからです。

ヒトの細胞を受け付けるために免疫不全度の高い1型糖尿病マウスが必要になりますが、私たちは最近、ゲノム編集で免疫不全度の高い1型糖尿病のモデルマウスをやっとつくることができたので、そのマウスを使って実験が安定してできるようになってきたところです。

 

Q:一番お金がかかるのはどこですか。

A:大量培養ですね。マウス1匹だとプレート1枚分の細胞量で済みますが、マーモセットだと10倍、ヒトだと数千倍。しかも培養するのに、一日おきに培地交換しているので経済的に大変です。

 

Q:去年海外の製薬企業の工場見学をして広大な敷地でいろんな施設を見てきましたが、研究室の雰囲気とかなり違いました。

A:私たちは大学の研究室なので方法論を開発して、原理的なことをここで示して、あとは興味を持った企業にその方法論で細胞を作ってもらうことを考えています。薬として投与するためには安全性試験や品質を一定にするために製品の規格化が必要なので、大学では難しいと思います。今は手法作りをしています。

東京工業大学では素材について得意な先生がいらっしゃいます。企業とも共同研究して免疫隔離カプセルを開発したり、免疫不全マウスと普通のマウスで免疫隔離膜の働きを比較したりしています。

学生さんたちの在室表

学生さんたちの在室表

Q:移植に際しては、免疫抑制剤をいかにいいものを組み合わせるかがすごく難しいときいています。

A:そうです。そこも要検討です。免疫抑制剤を投与したマウスを使ったりしていますが、やはり細胞が排除されてしまいます。いかに免疫抑制剤を強くするか、でも薬剤を強くすると異物を攻撃できなくなりますし…いろいろな検討が必要ですね。

 

Q:今は他の生物とか他のDNAを内包した細胞での実験をしていると思いますが、本人の細胞を使った場合、1型糖尿病患者の場合はまた再発しないのですか。

A:1型糖尿病は自己免疫疾患と言われています。1つの原因としてウイルスの感染によって引き起こされる1型糖尿病もあるのですが、炎症が一時的であり、収まっているならば大丈夫と考えられます。ただ色々な方がいらっしゃるでしょうから、一概には言えません。ご本人の細胞を使って免疫隔離せずに移植できるといいのですが、すべてのヒトの細胞を培養して移植に使うとなると非常に大変です。安全性の問題もありますし、培養のしやすさなど細胞によって性格が異なるので培養方法を細胞によって変えていかなくてはなりません。それを考えると難しいかなと思います。

京都大学のiPS細胞研究所では再生医療用の細胞の提供が開始されています。提供される細胞は自分の細胞か異物かを認識する型(血液型のような型)が特殊で、患者に合う型の細胞を使えば、拒絶反応が起こりにくいのが特徴です。私たちもその細胞を入手して実験を行い、提供されたiPS細胞でも同じような方法で培養できるということを検証しています。その細胞を使えば免疫抑制剤を使う量も少なくて済むので、その方がお互いにとって楽なのではないかと考えています。

※※再生医療用iPS細胞は、HLAホモ接合体の細胞を有するドナーから作られたものです。HLAヘテロ接合体の細胞に比べると、HLAの遺伝子座を合わせやすいのが特徴です。

カプセルを使わないという考えもありますが、カプセルは取り出せるので何かと安心です。細胞がずっと体内に残るというのも不安ですし、そういったことも一応念頭に置いています。

 

Q:β細胞のみをつくっているのですか。

A:今つくっているのはβ細胞が多いのですが、α細胞などほかの細胞が全くないわけではありません。

 

Q:ヒトの場合膵島はβ細胞だけではないので、β細胞だけつくるというのもどうなのかなと思いました。

A:α細胞もβ細胞も抑制するδ細胞もありますし、他の内分泌細胞、あるいは外分泌細胞もありますが、その重要性は実はまだよくわかっていないのです。ある研究では、マウスの血糖値は人よりも若干高めにセットされているが、血糖値のセットポイントはα細胞が決めているのではないかといわれています。α細胞も必要だと思います。
α細胞を作る研究も報告されています。私たちの研究室では、今は副産物としてα細胞ができていますが、α細胞の作用も重要だと思います。

 

Q:移植するときはβ細胞だけですか?

A:今はα細胞もβ細胞も一緒に移植しています。ある細胞だけピックアップする方法もありますが、そうすると一回バラバラに分けないといけなくなるので、活きが悪くなりよくないと考えています。状態をよくするために今は一緒に移植しています。

 

Q:将来的な展望は

A:今は高い糖濃度に反応してインスリンを出す細胞ができていますし、ヒトの正常な膵島に近づいています。大量培養して、治療効果の確認をしているところです。近い将来、治療効果の結果がわかると思います。

それはとても楽しみです。

A:ただ、人への応用となると安全性の評価、製造過程などの課題がありますので、最低4~5年は必要です。

患者さんに期待されていると思いますので、なるべく早くお届けできるようにと思いますが、安全性は大事なので妥協はできません。免疫隔離カプセルの開発など、周辺分野も含めて、いくつかの問題を解決する必要がありそうです。

 

Q:日本で粂先生と同じような研究をされている先生はいますか?

A:川口先生、長船先生、霜田先生、宮島先生などの先生方と研究内容が近いです。直面している問題も似ていますね。情報交換も時々させて頂いています。

明日は霜田先生の研究室を訪問予定です。

A:そうなんですね。霜田先生はブタの膵島を使った臨床研究を目指していますね。

 

Q:ES細胞とiPS細胞はそれぞれ癖があったりするということですが、どちらの方が研究しやすいですか。

A:ヒトのES細胞もiPS細胞も未分化の細胞が残ってしまうと腫瘍を作ります。分化誘導するためには、ES細胞でもiPS細胞でもどちらも同じです。ヒトiPS細胞は細胞株によって性質が若干違いますね。ちゃんとリプログラミングされていれば大きな違いはありませんが、いくつか細胞株を試して、その中から一番分化しやすい細胞株を選ぶようにしています。しかし、細胞株の数が増えると研究を進めるのは大変です。分化過程が長く20~30日かかるので、ある程度細胞株を絞って研究を進めるようにしています。

いずれにしても私たちは方法を構築して、たとえば2-3個の細胞株で大丈夫だと示して、移植して効果があるか、どれくらい効果があるかなどを調べますが、大量培養や製品化については企業さんにお願いすることになると思います。

 

Q:必ずこの細胞ですると決めてからお渡しするのですか?

A:おそらく、2-3個の細胞株で出来ることがわかってくれば、あとは応用が効くから10個とか20個の細胞株でもできるようになると思います。1つの細胞株が増えるにつれて作業が増えますから、最初は少ない細胞株から始めますね。

効率と安全性の両立ですね。

A:そうですね。3〜5割はβ細胞になるというところは達成できています。

 

Q:β細胞にはなっていても、その細胞がかならずしもインスリンを出す細胞になっているかわからないと粂先生の研究概要書にかかれていたと思うのですが。

A:そうです。β細胞になった細胞をいかにインスリン分泌できるようにするか、そしてそれをいかに維持するか、まだまだ工夫しないといけない問題がいくつかあります。

試験管内での培養は細胞にとっては必ずしも心地よい環境ではないので、β細胞にとってそもそもブドウ糖濃度は高い方がいいのか低い方がいいのかなど一個一個決めていかないといけないし、β細胞に至るまで30日程度培養しなければならないのでそう簡単には検討できません。一応同時に並行して細胞を作り続けてはいるのですが、常にたくさんの細胞があるわけではないので、考えて実験しないと、失敗すると30日後にもう一度になってしまったりしています。

培地にはお金がかかるが、再使用したいけれどそうすると条件が変わってしまうので再利用はできないというのも大変です。

 

Q:培地のお値段はいくらくらいしますか。

A:1CC100円です。

大さじ1(=15CC)で1500円!

A:収率がよくなれば将来的にもっともっとコストパフォーマンスが良くなっていくといいなと思っています。

細胞の切片

細胞の切片を見せていただきました

Q:β細胞でインスリンをつくっているけれど、血糖のコントロールなど他の機能を周りの細胞がもっているようだときいたので、それならまるごと膵臓を作ってしまった方がいいのではないかと思っていたんですが、膵臓を一個作るとなると相当な時間がかかるんですね。

A:ヒトだとどうでしょうか…膵島1つは500~1000個程度の細胞でできています。マウスだと200個程度の膵島。ヒトだとマウスの数千倍の膵島があるので、少なくとも10の8乗くらいの細胞が必要です。培養液が数リッター単位ですね。ちょっと大変ですね…。

 

Q:一回にどれくらいの量を培養できますか。

A:30CCの容器で培養すると、マウスへはたくさん移植の実験ができます。マーモセットだと液が30CCのものを何本か必要になります。大きい動物だと培地もたくさん必要でお金が必要になり、量も増えるので大変です。だから最初はマウスで実験します。マーモセットも1匹最低30万円もかかるのです。動物はむやみに使わず動物実験は最小限にしたいですね。

 

Q:培地のアミノ酸濃度は一定ですか?

A:有る程度培地は決まっているので一定ですが、栄養不足にならないように培地は一日置きで替えています。与えるときは適温にして熱すぎず冷たすぎず、細胞にストレスを与えないようにします。CO2濃度も一定にしています。

 

Q:細胞は24時間貼り付きですか。

A:一日置きで培地を替えないといけないので、土日のどちらかは来ないといけません。長い休みの時は実験を終わらせてしまうこともあります。留学生が多いのでお正月と旧正月とで順番に学生が担当しているようです。

 

Q:今欲しいものは何ですか。

A:培養するのにお金がかかるので、増殖因子や培地など、動物、培養皿も。培養皿は1つ3000円あるいはそれ以上するものもあります。

染色だけではなくリアルタイムイメージング=インスリンを分泌すると色が見えるというような実験もしています。細胞の塊を切って写真をとらないといけなかったのを、最近はやっと丸ごとスキャンできる機械を使えるようになりました。丸ごとスキャンできると、作業が早くなりました。

 

Q:京都大学からiPS細胞の提供を受けていると話されていましたが、それはどれくらい費用がかかりますか。

A:京都大学からはただで送って頂いています。輸送費もタダです。理研などのバンクは輸送費はかかるのですが、細胞自体は無料、あるいはバンクの維持費の一部を分担する、という形になっています。

 

Q:日本で研究をするメリットは?

A:日本人がアメリカなどに留学することが減っています。日本人の留学が減ったのは、日本の研究環境が整ってきたためだと思います。今はアジアからの留学生が増えています。ただ、留学することで研究者同士のネットワークができるのがメリットだと思いますので、機会があれば、留学したほうが良いです。学会で知り合うより、一緒に研究をしたことがあると結びつきが全く違いますね。

各国で競い合っているイメージでしたが

A:個人レベルになると、業績・成果を得ることが研究者には重要ですので皆さん頑張って研究しています。国ということで考えると日本の研究費は米国に比べると限られています。

Q:日本ではそういう研究は進んでいますか

A:iPS細胞に割り当てられている研究費がある程度多いので、研究は進んでいます。アメリカですとES細胞の研究が積極的に進められていますが、日本はiPS細胞の研究の方が多い傾向です。最近、京都大学のウイルス・再生医科学研究所が臨床用のES細胞を作成する予定になっているようです。

 

Q:東工大の生命理工学院で細胞を使って研究をされている先生はいますか

A:iPS細胞から肝臓に分化させる研究をされている先生や、細胞レベル・エピゲノムの研究をされている先生もいます。大隅先生もいらっしゃいますから、細胞を使って研究している先生は多いです。

材料関係の先生との共同開発や化合物のライブラリを持っている先生と共同研究をしています。いろんな研究の進むペースが早いので、一緒にやった方が進むと思います。

 

Q:培養するときに入れる化合物を掛け合わせると全然別の効果があったりしますか?

A:最初から掛け合わせたものだと難しいので、まずは単体で探索してみてから組み合わせてやっています。

長い期間化合物を培地に入れると培地交換にお金がかかるので、そこは色々考えないといけません(培地は一日置きで交換。化合物1つを1回入れるのにピペット用のチップが1つ必要)。なるべくお金がかからないように考えてやっています。

 

研究室

奥に見えるのがドラフトと培養の機械

Q:研究には年間でどれくらいお金がかかりますか?

A:今年度までの再生医療実現化プロジェクトでいただいている研究費が年間2000万円程度ですが、それで全てはカバーできないのでいろいろなところから研究費を集めるようにしています。よろしくお願いします。

 

Q:研究助成をさせていただいたのですが単発的だったので、わたしたちにできることは何かありますか?

A:単発的でも大変ありがたいです。色々なところに経費がかかるのですが、科研費には使えるところと使えないところがあります。科研費では使えないところに寄付金が使えるのはとても有難かったです。

 

最後に、1型糖尿病の患者・家族の体験談や思いを粂先生にきいていただき、研究室訪問は幕を閉じました。

一つ一つ丁寧に質問に答えてくださり、また親身になって患者・家族の体験を聞いてくださった粂先生は、とても素敵な女性研究者でした。

参加者からはたくさんの質問があり、またここでしか聞くことができないリアルな研究者の声をきくことができ、非常に盛り上がった一日でした。