第15回 患者が行く!研究室訪問 〜佐賀大学 医学部肝臓・糖尿病・内分泌内科 特任教授 永淵正法先生〜

日本IDDMネットワークでは 「1型糖尿病研究基金」で研究助成を行っている研究室を患者・家族や支援者のかたたちと一緒に訪問しています。研究内容について教わりながら、日ごろ寄付としていただくご支援がどのように研究現場で活かされているのか、直に研究者の方々からお話を伺ってきました。

15回目を迎える今回は、ウイルス糖尿病予防ワクチン開発を目指す佐賀大学の永淵正法先生の研究室です。

6月23日、よく晴れた日曜日の午後に、参加者10名とボランティア、日本IDDMネットワークからは事務局の大村あずさが参加し、総勢12名が佐賀大学に集合しました。

一緒に研究をされている三根敬一郎先生とともに、専門知識がないと難しい内容をわかりやすく噛み砕いて説明していただきました。

永淵先生からのメッセージ

研究室訪問

1.ウイルス糖尿病と感受性遺伝子について


我々の研究を理解していただくために、まずはウイルスの「病原性」と遺伝子の「感受性」というものについて簡単に説明いたします。

たとえばインフルエンザを起こすウイルスは「インフルエンザウイルス」であり、ポリオを起こすウイルスは「ポリオウイルス」と呼ばれています。ですが、糖尿病だけを起こすウイルスというのは、どうやら存在しないと考えてよいと思われます。その意味で「糖尿病ウイルス」というものはない。けれども、何らかのウイルスによって糖尿病が起きていることは間違いない。したがって我々は「糖尿病ウイルス」ではなく「ウイルス糖尿病」と称しています。

永淵正法先生

実際に、1型糖尿病患者の中にはウイルス感染による発熱から発症した方がたくさんいらっしゃいます。たとえばおたふく風邪の後に発症したとか、そういった症例報告はたくさんあるのですが、はっきりした「証拠」はなかなか出てこないんですね。

ウイルスに関しては「たまたま罹っただけじゃないか」という疑いは常にあるので、この「たまたま」論を覆すためには、たくさんのデータを集め、再現性が認められなければなりません。エボラウイルスのように4割も死亡するウイルス、つまり病原性が高いウイルスであれば、人間のデータがたくさんあるので実験するまでもないのですが、ウイルス糖尿病に関してはそこまで病原性が高くないため、動物実験でいろいろ研究しなければ詳しいことはわからないのです。

一方で、同じウイルスに感染しても、発症する人としない人がいるのはなぜか?ポリオウイルスに感染した人のうち、発症するのはせいぜい200~500人に1人程度です。なぜその1人だけが発症するのかわかっていませんが、その人が持っている遺伝子の中に、発症しやすい何らかの理由があるのではないかと考えられるわけですね。この「発症を高めるような突然変異をした遺伝子」のことを「ウイルスに対する感受性が高い」という意味で「感受性遺伝子」と呼んでいます。

参加者と三根さん(左奥)。参加者の皆さんはシャーレを見ています。

2.ノックアウトマウスによる感受性遺伝子の発見


ウイルス糖尿病の感受性遺伝子を世界で初めて発見したのは、我々の研究チームです。

ウイルス糖尿病の感受性遺伝子がどうやらひとつらしい、ということは、1978年の段階でわかっていました。しかしそれが何なのか、長い間わからずにいたのです。この課題を解決する糸口がノックアウトマウスを使った実験でした。

ノックアウトマウスとは、交配を重ねて遺伝子の99.99%を同じにしたクローン集団のマウスのことです。遺伝子の条件が同じなので比較して実験することができるんですね。そしてようやく突き止めたのが、インターフェロン受容体関連シグナル伝達分子であるTyk2という遺伝子の変異です。

ウイルスに感染すると、細胞が認識してインターフェロン(ウイルスが増えるのを抑える作用を持つ物質)を作ります。インターフェロンがインターフェロン受容体にくっついて、抗ウイルス分子を出すことで隣の細胞が抵抗性を持ち、感染が広がらなくなります。インターフェロン受容体関連シグナル伝達分子というのは、インターフェロンが出来たことを伝令のように細胞から細胞へ伝えるシグナルの役目をしています。

 

EMC-Dウイルス(脳心筋炎ウイルスD株)は、マウスに糖尿病を起こすことができますが、不思議なことに100種類以上あるマウスのうち数種(SJL, SWR, DBA/2)にしか糖尿病を発症させることができません。

EMC-Dウイルス(脳心筋炎ウイルスD株)をかけた3種類のノックアウトマウスのうちSJL、SWRにTyk2遺伝子変異が認められました。この変異のためにTyk2の機能が低下したSJL、SWRは、インターフェロンのシグナルが伝わらず、ウイルスに対抗することができず糖尿病を発症したのです。しかも元気なまま、糖尿病だけを発症しました。EMC-Dウイルス(脳心筋炎ウイルスD株)ですから免疫が弱まれば脳心筋であっという間に死んでしまうはずなのに、糖尿病だけが誘発されたのです。つまり糖尿病との極めて特徴的な関係性が認められた、ということに他なりません。

Tyk2ノックアウトマウスは糖尿病を発症するという実験結果から発見に辿り着き論文を発表できたのは、最初にノックアウトマウスの実験を始めてから15年後のことでした。

3.糖尿病誘発性ウイルスの同定


3種類のうちDBAだけが発症しなかった原因、Tyk2以外の感受性遺伝子については、三根敬一郎先生が研究を続けて次の感受性遺伝子をほぼ同定しています(論文投稿中です)。とにかくTyk2の存在がわかったおかげで、高確率で糖尿病を発症するマウスを利用して糖尿病誘発ウイルスの発見とワクチン開発へ向けた研究ができるようになりました。

現時点で、エンテロウイルス(腸管内で増殖するウイルスの総称)の中の「コクサッキーB群ウイルス」と呼ばれるウイルス群1~6の中に糖尿病誘発性ウイルスがあることまではわかっており、フィンランドではすでに、1のウイルスに対してワクチンを作り臨床試験が始まっています。

フィンランドは日本よりはるかに患者が多いため開発が急がれている事情もあるでしょうが、これはいささか見切り発車と言えるもので、我々は丁寧にデータを集めてメディカルサイエンス的に証明をした上で、確かなものを作りたいと思っています。

現在、細胞培養に適したHeLa細胞(子宮けいがん)、Vero細胞(アフリカミドリザルの腎臓上皮細胞)、ヒトの線維芽細胞を使って、コツコツとウイルスを丁寧に増やし、研究を進めようとしておりますが、やはり時間もかかるしお金もかかる根気のいる作業です。日本IDDMネットワークを通して皆様からいただいたご寄付のおかげで研究が続けられることを、大変ありがたく思っています。

実際に細胞を培養した後のシャーレ

質疑応答 ~ワクチン開発の見通しと投与の実効性


Q:1型糖尿病を完全に予防するワクチンが開発されるまで、どれくらいの年数がかかるのか、現時点でどれくらい見通しが立っているのでしょうか。

A:我々の研究だけでも最低10年くらいはかかるのではないかと思いますが、それがすべてとは限りませんので、ワクチンさえ作ればすべて根絶できるというわけではありません。たとえば高齢者肺炎は、患者の20%が肺炎球菌による発症ですが、そのうちワクチンで療養できるのは70%。つまりワクチンの効果があるのは全体の14%くらい、ということになります。Tyk2も全体の10数パーセントであって、8割以上の方がその他の感受性遺伝子によるものですし、感染症の発症には多くの要素があるので簡単ではないでしょう。また、日本人はもともと発症率が低いので統計的に有意なデータを取ることがなかなか難しいという事情もあります。

別室にて。最新の機械を用いて撮影されたマウスの膵臓を薄くスライスしたものの画像を自由に拡大して見せていただきました。

Q:ワクチンと言うと皆がしないといけないイメージですが、家系的になりやすい人というのは確実にいるわけですから、そういう人たちだけ先に打っておけば、効果的なのでは?

A:一部のみのワクチン投与では、無駄も多いし漏れてしまう可能性も高いでしょう。糖尿病だけのワクチンではなく、同じエンテロウイルスであるポリオや手足口病なども含めた多価ワクチンにして全員に打つのが現実的だと考えます。大量に作ればコストはダウンしますし、他の病気も一緒に抑制できるほうがいいと思います。我々が確信を持って開発し厚生労働省に要請する時が来たら、ぜひ応援メッセージをお願い致します。
 
約1時間にわたる説明の後も参加者たちの質問が次々と飛び出し、結局2時間近くお話をしていただくことに。永淵先生、三根先生、大変お疲れ様でした。その後はP2と呼ばれる実験室に入れてもらい、細胞の培養を実際に見せてもらいました。参加者の皆さんは顕微鏡を覗きながら初めて見る細胞の姿に感嘆の声を漏らしていました。
 
研究の内容を知れば知るほど、その重要性と難しさ、道のりの遠さを痛感し、根気強く研究を続ける先生方の御努力にあらためて頭が下がる思いがしました。(文責・塩原 晃)