ウイルス糖尿病予防ワクチン開発

執筆者

永淵正法(佐賀大学医学部肝臓・糖尿病・内分泌内科 特任教授/九州大学名誉教授)

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1980年九州大学大学院医学研究科(ウイルス学専攻)修了、米国NIH留学、九州大学医学研究院教授を経て、2017年から現職。

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三根敬一朗(佐賀大学医学部肝臓・糖尿病・内分泌内科 博士研究員)

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2020年九州大学大学院医学系学府医学専攻修了、2020年4月より現職

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はじめに

「ウイルスによって糖尿病がおこる」と言われても「本当かしら」と不思議に思われたり、「そんなことも、あるかもしれない」と妙に納得されたりするかもしれません。

通常、多くのウイルスの名前にはそれぞれが引き起こす病名がつけられています。例えばインフルエンザを起こすインフルエンザウイルス、ポリオの原因であるポリオウイルス、肝炎と関係する肝炎ウイルスなどが挙げられます。ところが、ウイルスと糖尿病の関係では、例えウイルスによる糖尿病を熱心に研究している研究者でも「糖尿病ウイルス」があると信じている人はいません。そうではなくて、多くのウイルスが、たまたま、運悪くでしょうか、糖尿病を引き起こすことがあると考えられ、それらのウイルスによって引き起こされた糖尿病が「ウイルス糖尿病」と呼ばれています。

実のところ、ウイルスと糖尿病の研究には50年以上の長い歴史があります。その結果、多くのウイルスが糖尿病に関わっていると考えられるに至りました。具体的にはコクサッキーB群ウイルス、風疹ウイルス、A型肝炎ウイルス、インフルエンザウイルス、ロタウイルスなどです。さらに現在、世界を恐怖に陥れている新型コロナウイルス感染も糖尿病を起こすとの報告が相次いでいます(下表)。

ウイルス糖尿病研究の領域では、このリストの中でもコクサッキーB群ウイルス(1から6までのタイプがありますが、どのタイプが糖尿病を引き起こす原因となりえるかはまだ不明で、現在の最も重要な研究テーマです。)が注目され、研究の中心となっています。実のところ、コクサッキーウイルス以外の、例えば風疹ウイルス、A型肝炎ウイルス、インフルエンザウイルス、ロタウイルスなどのウイルスに対しては既にワクチンはありますし、新型コロナウイルスに対しても早晩、ワクチンは開発されますので、そのワクチンをきちんと使えばそれぞれのウイルスによる糖尿病は予防できるはずなのです。

国内外の研究開発の現状

2019年、ロタウイルスワクチンが、1型糖尿病になることを30%以上も抑えることが学術誌に報告されました(Scientific Reports 2019)。ウイルスに対するワクチンの糖尿病予防効果の証明としては初めてのことと思われ、社会的にもかなり興味や関心を強く引き付け、メディアなどでも取り上げられました。このことは、我々が目指している、糖尿病を起こすウイルスとしては大本命のコクサッキーB群ウイルスに対するワクチン開発研究への追い風になると、大いに励まされています。

ウイルス糖尿病が起こる原因として重要なことを、ウイルス側の要素と、そのウイルスへのかかり易さの遺伝的な原因、二つについて説明します。

マウスを使った実験研究では1980年ごろに糖尿病を起こし易いウイルスの種類(株と言います)があることがわかりました。特に、ウイルス側の「糖尿病を起こし易いかどうか」は、ウイルスの、たった一つの遺伝子配列の違いであることが判明したのです。つまり、自然界でたまたまそのような糖尿病を起こし易いウイルスが生まれる可能性が十分にあることが証明されているのです。ただし、実験研究の成果から、たとえその糖尿病を起こし易いウイルスであっても、ごく少数のマウスの系統(マウスには100種類以上の系統がありますが)でしか糖尿病が起こらないこともわかりました。

さらに、ウイルス糖尿病になり易いマウスについての研究が進められ、そのなり易さを決める遺伝子はたった一つであることも1978年には、世界的に最も権威のあるNatureという学術雑誌に報告されていました。ところがその遺伝子が何であるかは長きにわたり不明のままでした。このウイルス糖尿病になり易い遺伝子を世界で初めて発見したのが我々の研究グループです。マウスマウスにおけるウイルスによる糖尿病のなり易さを決めている遺伝子は、ウイルスが体の中で増えることを抑えるインターフェロンの効果発揮に関わる遺伝子のTyk(Tyrosine kinase) 2とStat(Signal Transducers and Transcription) 2であることを証明することができました1)2)(図1)。

図1 ウイルス糖尿病感受性遺伝子

特にTyk2に関するマウスの研究結果は、ヒトのその遺伝子の変異(ヒトでは多型と呼びますが)が、1型糖尿病患者さん、特に風邪症状を伴って1型糖尿病になってしまった患者さんで、その遺伝子多型(TYK2 Promoter Variant)の頻度が著しく高いことがわかりました1)3)。さらに、最近、驚くべきことに2型糖尿病でもこの遺伝子がインスリンを分泌する能力の低下と関わっていることもわかってきました。

すなわち、この遺伝子はヒトにおけるウイルス糖尿病のなり易さに関わっていると考えられます。まとめますと、確実に糖尿病を起こすような「糖尿病ウイルス」は存在しないものの、ウイルスの中には、そのウイルスに弱いヒトに、1型糖尿病を起こしたり、2型糖尿病につながったりすることがあると推測できます。さらに健康に見えるヒトでもウイルスによる傷害は軽いながらも見えない程度にありうることが考えられます。

つまり、弱いながらも糖尿病を起こし易いウイルスがあると考えらえますので、何とかそのウイルスを捕まえたいところです。この考え方は、米国の学術雑誌であるJournal of Medical Virologyの表紙に採用され、きちんとした国際的な評価、認知を受けることができました(図2)。

図2

今後の展望と課題

図3 糖尿病の原因(候補)ウイルスの接種

これまで説明してきたような世界的および我々自身の研究成果をもととして、我々は、弱いながらも糖尿病を起こすウイルスを、糖尿病を起こし易いマウスを使うことによって見つけ出す研究を提案しています(図3)。

この研究が進んで糖尿病を起こし易いウイルスを見つけ出し、そのウイルスに対するワクチンを開発すれば、ウイルスによって糖尿病になることを防いだり、糖尿病になる危険性を低くしたりすることに繋がります。さらに、たとえ健常に見えるヒトでもウイルスによる傷害がボディーブローのように効いていることがありうるわけで、その部分も取り除くことが期待できます。

本研究は、ウイルスによって起こる1型糖尿病、2型糖尿病、そして健常に見えるヒトでも糖尿病に進むことを防ぐことに役立つ貴重なワクチン開発につながりますので、この研究プロジェクトへの応援をお願いします。

 

参考文献

1)Nagafuchi S, Kamada-Hibio Y, Hirakawa K, Tsutsu N, Minami M, Okada A, Anzai K, Ono J, ] Kono S, Kondo S, et al. TYK2 promoter variant and diabetes mellitus in the Japanese.EBioMedicine. 2:744-749, 2015.
2)Izumi K, Mine K, ,Yoshikai Y, Anzai K, Yamashita T, Minagawa H, Fujimoto S, Kurisaki H, Shimoda K, Nagafuchi S, et al. Reduced Tyk2 gene expression in β-cells due to natural mutation determines susceptibility to virus-induced diabetes. Nat Commun. 6:e6748, 2015.
3)Mine K, Nagafuchi S, Hatano S, Tanaka S, Mori H, Takahashi H, Anzai K, Yoshikai Y. Impaired upregulation of Stat2gene restrictive to pancreatic β-cells is responsible for virus-induced diabetes in DBA/2 mice. Biochem Biophys Res Commun. 521:853-860, 2020

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