(財)サンスター歯科保健振興財団附属千里歯科診療所歯科医師 梶原定江先生に「1型糖尿病と歯の健康-むし歯と歯周病との関わりについて-」ご講演いただきました。

2004年05月22日

   1型糖尿病と歯の健康-むし歯と歯周病との関わりについて-

        (財)サンスター歯科保健振興財団附属千里歯科診療所歯科医師 梶原定江 先生

 

皆さん歯は大事だと思いますか。歯はどんな役割をしているのでしょう。歯がなくなるとどんな不都合なことがあると思われますか?まず、食べ物を噛み切ったり噛み砕いたりあるいは飲み込んだりする機能に支障をきたし、十分に栄養を体の中に取り入れることができなくなることが考えられます。それだけでなく、食いしばることができないと十分に力を入れることができなかったり、お話をするときに空気がもれてしゃべりにくく感じたり、老けたような顔になるといわれています。そのような点から歯を守るということは、体をつくり、育て、守るだけではなく、生活の質を維持する意味でも非常に大切なことであるとわかっていただけることと思います。

その守ろうとしている歯は何本あるのでしょう?生えそろっている状態で、お子さんの場合は20本、大人の場合は上下左右7本づつ計28本(親知らずがある場合4本多い)あります。

それではお子様(ご自身)のお口の中についてお伺いします。お子様の乳歯は何本生えてきていますか?生え変わってきた永久歯は何本でしょうか?また永久歯の揃った方々は今、歯は何本あるでしょうか?歯を抜いた方は何本抜いてどうして抜いたか覚えていますか?また詰め物をした歯は何本ありますか?意外にご自身の歯やお子様の歯の状態にお気づきでないことがあるかもしれません。

厚生労働省が提唱している「8020」運動をご存知ですか?80歳で20本の歯を残そうというものなのですが、平成11年の調査では80歳で平均約7本というのが現実です(図1)。

歯を失う大きな原因としてむし歯と歯周病が挙げられますが、30代を境に抜歯の原因が逆転し、歯周病で歯を失うことが多くなるようです(図2)。

1型糖尿病の方々ではどうでしょうか。少し調査方法は変わりますが、1998年のピッツバーグ大学の調査では1型糖尿病における歯を失う危険因子として歯周病(罹っていない人に比べて7.3倍)とむし歯(同1.9倍)を挙げています(表1)。

そんな歯の健康を脅かすむし歯と歯周病ですが、この2つはどちらもお口の中にいる細菌の感染によって起こる疾患です。お父さんお母さんがこの原因菌をお口の中に持っているとお子さんに移ってします恐れがあります。それでは、原因菌があれば必ず病気になるかというと、実際には「細菌が体を攻撃する力」と生体のもつ「体を守り、治そうとする力」の2つの力のバランスが崩れたとき、これらの病気を引き起こします(図3)。これからその仕組みについてお話していきましょう。その仕組みを知ることで病気にならないお口の中をつくることができます。

 

 

<むし歯(う蝕・カリエス)のお話>

ご存知のようにむし歯は歯の病気です。歯はお口の中に見えている頭の部分(歯冠)と歯ぐきに埋まっている部分(歯根)に分けられます。歯を支えているのが歯槽骨といい、それを歯ぐき(歯肉)が覆っています。歯冠部分の表層にはエナメル質と言う歯の鎧にあたる部分があり、その中に象牙質、中央には歯髄と言う歯の神経があります(図4)。

むし歯はむし歯の原因菌により歯が崩壊されていく病気です。多くの場合、エナメル質から溶かされていき象牙質に移行していきます。放置しているとやがて歯の神経を侵してしまい激しい痛みが生じたり、歯肉が腫れてきたりします。さらには抜歯を余儀なくされるほどまで進行してしまうこともあります。

むし歯を経験された方もいらっしゃるとは思いますが、むし歯についてこんな疑問はありませんか。

「毎日歯を磨いているのにむし歯になるけどなぜでしょう?」

「何回も歯を治す事になるが歯の質が悪いのでしょうか?」

「砂糖をよく摂取するとむし歯になるでしょうか?」

「1型糖尿病患者はむし歯になり易いでしょうか?」

「どうしたらむし歯にならないでしょうか?」

そこで、なぜむし歯が出来るかをお話したいと思います。

 

1.むし歯の原因(図5)

この3つの輪で示されるのは「カイスの輪」と呼ばれています。むし歯ができるためには細菌だけではなくそれぞれの歯の質や砂糖などの甘い食べ物が関係しています。それらの条件が重なり合ったときむし歯が生じると考えられています。ところで、歯の表面では常に細菌が歯の表面を溶かしてしまう(脱灰)状態と唾液の中の成分をもう一度取り込んで治そうとする再石灰化(歯の修復)という状態が同時に起こっています(図6)。同時に起こっているからこそ、そのバランスが重要になります。

むし歯を作る原因について見てみましょう。原因とされている細菌は主にミュータンス連鎖球菌とラクトバチルス菌です。どちらも糖質を摂取して歯を溶かすほどの強い酸を作り出します。糖質(炭水化物)はご飯やパン、砂糖に代表されますが、特に砂糖(ショ糖)はむし歯の原因菌の栄養源となるだけでなく、むし歯の原因菌がすみやすい環境を作る手助けをするとされています。

それでは、日頃お食事をされたときに歯の表面ではどのようなことが起こっているのでしょうか。

食事をすると口の中は酸性状態になりpH(ペーハー)が5.5から5.7を超えると歯が脱灰され始めます(臨界pH)。これが続くとむし歯になりやすい環境であるといえます。通常は唾液の働きによりphが回復していき、酸性度が改善され、歯の表面では再石灰化が起こると考えられています(図7)。このバランスが崩れるとむし歯が出来るのですが食事の回数が多いと、pHの回復が十分にされない状態が続き、むし歯が出来やすくなります。また、寝ているときは通常唾液の分泌量が減るとされていますので、就寝前に食事をしてそのまま寝ると、寝ている間は唾液の働きが期待できず、歯の脱灰が続いていると考えられます(図8)。

 

2.1型糖尿病とむし歯

それでは、1型糖尿病に罹患するとむし歯になりやすいのでしょうか。

私たちが行ったサマーキャンプでの歯科健診の結果(図9)を見ていただきますと、平成11年の厚生労働省の歯科疾患実態調査の結果よりやや高い傾向にあると思われます。1型糖尿病患者さんにとってむし歯のリスク(むし歯のなりやすさの要素)は何が考えられるでしょうか。要素として以下のことが挙げられます。

①食事回数(補食を含める)

血糖コントロールのため少量づつ何回も食べる必要があったり、低血糖時の対応としての補食が必要となったりする場合があります。その結果、先ほど述べた臨界pHを超えた状態が続くこととなり、むし歯になりやすい環境にあるといえます。特に就寝後の補食はそのまま寝てしまうことが多く、寝ている間の唾液の分泌量の低下も影響して脱灰状態が続く可能性が高くなると考えられます。

②唾液の量・性状

糖尿病により通常より唾液分泌量が少なくなる状態であったり、その性状が変化したりしている状態であると、唾液による自浄作用が低下することが考えられます。また糖尿病患者さんにおいては唾液中のグルコース濃度が高くなることもいわれており、糖を好むむし歯の原因菌の定着や増殖をしやすい環境を作っている可能性があります。

スウェーデンの大学の調査では、HbA1c8%以上の群において安静時唾液のグルコース濃度が高く、むし歯の増加を認めました(表2)。また、1年以内の新たなむし歯の発症リスクとして血糖コントロール、1型糖尿病発症時のむし歯の存在、口腔清掃状態(歯みがきの状態)、歯周病原因菌の高い検出率を挙げました(表3)。そこで、1型糖尿病患者さんにおけるむし歯予防には血糖コントロールを良好に保つ事、歯磨きにより細菌を取り除きむし歯は治療し、定期検診を受けることが重要であると示しています。

 

3.むし歯の予防

さて、むし歯は治るのでしょうか。

治すという見方をするとむし歯は治るとはいえないかもしれません。というのもむし歯の治療は穴のあいたところに人工物を埋め込み、機能的に審美的(見た目)に回復させているに過ぎません。むし歯になりやすい環境がそのまま残っていると治療したところにまたむし歯を作ったり、他の弱い部分がむし歯になったりして常に歯を削りつづけることになります。いずれはその歯を失ってしまうことになりかねません。本当に大切なのはむし歯になりやすい環境を改善したり、対応したりすることではないでしょうか。それがむし歯の予防につながります。予防のポイントを以下に示します。

①「脱灰」力を弱める

②「再石灰化」力を強める

先ほどいいましたように、むし歯は「脱灰」と「再石灰化」のバランスが崩れたときに生じます。それゆえ、むし歯を予防するということはそれぞれの部分に働きかけて、そのバランスをとることを考えればよいといえます。

「脱灰」力を下げるための方法としては第1に細菌の除去です。そのためには、正しい歯ブラシ方法を行い、歯ブラシの届かない歯の間にはフロス(糸楊枝)を使用することは必要であると思われます。さらに歯科医院における歯の清掃方法の指導、専門的なクリーニングや必要に応じての抗菌剤の使用も有効でしょう。

また、補食後に歯みがきができないのであれば、しっかりうがいすることによってお口の中のpHを回復させる手助けとなるでしょう。

キシリトールなどの甘味料配合のガム・タブレットなどは唾液の分泌を促進しpHを回復させる手助けをしたり、細菌の増殖を防いだりすることが期待できます。

「再石灰化」力を強める方法としては、フッ素の使用が挙げられます。歯の質を強化し、初期むし歯の部分を再石灰化し修復する働きがあります。フッ素はほとんどの歯磨き剤に含まれており、また歯科医院ではフッ素入りのうがい薬や高濃度のフッ素塗布が受けられます。

 

4.ライフステージとむし歯のリスク

歯にとってむし歯になりやすい時期があります。それは生えたばかりの時期であるといわれています。また、乳歯は永久歯よりむし歯になりやすい傾向があります。そういった点から乳歯が生え始めた時から永久歯が生え揃い、むし歯に対して抵抗性が得られるまでの時期がむし歯予防には重要な時期であるといえます。その時期は生活習慣がある程度定着していく時期ですから、その点でも重要であるといえます。また、乳歯の下には永久歯の元になる部分がすでにあり、乳歯がむし歯になると永久歯に悪影響を与える恐れがあります。また乳歯がむし歯になるような場合にはその環境が永久歯になっても引き継がれることもあり、お口の環境の改善が必要になることが多いでしょう。12歳までは保護者の方々とともに年齢に応じた正しい歯磨きの方法を身に付け、歯医者への定期検診の習慣をつけることが必要であると思います。

 

 

<歯周病(歯槽膿漏)のお話>

歯を支える組織(歯周組織)は歯肉(歯ぐき)、歯槽骨、歯根膜(歯と歯槽骨をつなげている部分)、歯根表面のセメント質からなり、それらが歯周病の原因菌によって破壊される病気が歯周病です(図10)。歯周病はその程度によって歯肉炎と歯周炎に分けられます。歯肉炎は歯肉に限局した疾患で、それ以上の破壊が起こったものが歯周炎です。歯周病の程度は別として成人の8割以上が罹っているともいわれています(social disease)。また、強い痛みもなく静かに進行し、多くの場合痛みを感じたときにはかなり悪化していることが多い疾患です(silent disease)。しかし、この疾患は自分で改善できるあるいはコントロールできるものである(self controllable disease)とされています。

歯周病が進行するとどのような症状を認めるようになるのでしょうか。

初期の頃(歯肉炎)は歯肉からの僅かな出血がみられる程度だったのが、出血の程度や頻度が増え、食べ物が詰まる、歯がすこしぐらつく感じがするという症状がみられることが多くなります。さらに進行する(歯周炎)と口の中がねばねばした感じがしたり、口臭が気になる、歯肉が腫れてきり、膿んできたりすることがあります。歯がぐらついてきて歯が動き、歯並びが悪くなってきたような気がする場合には重症化している可能性があります。最終的には歯を支えきれず、抜け落ちてしまう結果になります。

それでは歯の周りにはどのようなことが起こっているのかみてみると(図11)、歯と歯肉の境目にある歯肉溝といわれている部分に歯周病菌が入り、歯と歯肉の結合を破壊し、歯周ポケットが形成されます。さらに進行すると歯槽骨の破壊が始まります。一度破壊された歯槽骨を元どおりにすることは困難です。

お口の中をみてみると健康な場合は歯肉の色がピンク色で引き締まっており、レントゲン写真では歯を支えている歯槽骨の高さが正常な高さを保っています。一方、歯周病の場合、歯肉の色が赤黒くなったように見えるもののそれほど見た目のうえではそれほどひどいようにはみえません。ところが、レントゲン写真では歯槽骨の高さが元々あった位置よりずいぶん下がっているのがわかります(図12)。これが歯周病の進行した像です。厄介なのはむし歯の場合はむし歯に罹った歯を治療すれば済みますが、歯周病の場合はお口の中にあるすべての歯が歯周病に罹っていることが多く、治療はすべての歯におよび、安定した状態を得るためには治療が長期化することが考えられます。

それでは皆様の歯周病の状態をチェックしてみましょう。以下の項目のなかで当てはまるものをチェックしてください。

        食べ物がよく歯に詰まるようになってきた

        冷たいものを口に含むとしみるようになってきた

        この3年間歯科医院に行っていない

        歯ぎしりをすると言われる

        歯磨きの時によく出血する

        自分の親が歯を抜いて入れ歯にしたのを知っている

        口臭が気になることがある

        起床時に口の中が粘ついた感じで不快に思う

        歯ぐきを押すと指先に血や膿がつく

        歯が動いているか、移動したように思う

さて、あてはまる項目は10個中いくつあったでしょうか?以下の結果を参考にしてください。

0個:今のところ問題はありません。

1~3個:軽い歯周病になっているかもしれません。

4~6個:進行した歯周病に罹っている可能性があります。

7個以上:すでに歯周病の自覚はあるはずです。早く歯科医院を受診することをお勧めします。

 

歯周病はその疾患の特徴から、早期に自覚し、発見することが難しく、歯周病治療に携わっていると色々な質問をされることが多いです。例えば「毎日歯を磨いているのに歯周病だといわれたのですが、なぜでしょう」、「年を取ったので歯周病になるのはしょうがないのでしょうか?」「歯周病はなおるのでしょうか」、「歯周病にならない方法はないでしょうか?」、また皆様も思っていらっしゃるかと思いますが「糖尿病になると歯周病になりやすいと聞きましたが本当でしょうか?」などなど。このような質問にお答えするために、なぜ歯周病になるのかをお話していきたいと思います。

 

1.歯周病の原因

歯周病は、体の中に細菌が侵入し炎症が生じて体を破壊する病気です。他の感染症と同じく細菌の侵入に対しては体を守る力(宿主防御機能)が働きます。そのバランスがとれていれば健康な状態を保つことができるのですが、攻撃の力である細菌の力(質・量)が大きくなったり、体を守る力が小さくなったりするとそのバランスがとれなくなり発病(歯周病)となります(図13)。

歯周病の原因細菌は、歯の表面に付着している白いプラーク(歯垢)の中に生息しています。顕微鏡でその中に細長い細菌や丸い細菌、うごめいている細菌を見つけることができます。口の中には大体300種類以上の細菌が存在するといわれていますが、主な歯周病と関連があるとされている細菌として約10種類ほど明らかにされています。例えば、アクチノバチルス・アクチノミセテムコミタンス菌とジンジバーリス菌が歯周病の発症や進行に関与していることが有名です。これら歯周病菌は嫌気性菌と呼ばれ空気を嫌う性格を持っています。そこで空気に触れないように歯と歯肉の間に入り込み、そこで増殖します。また、直接歯肉に入り込んだり毒素を出したりする細菌もいます。これらの細菌はお口の中では塊り(バイオフィルム)を作り、さまざまな殺菌作用のある薬を効きにくくすることができます。

このような性格を持った細菌の侵入により、歯周組織は攻撃されるのですが、それぞれのお口の中ではその破壊される形態や進行速度に個人差があります。20代なのに歯ぐきが腫れていたり50代なのに歯周組織の破壊が起こっていないということが実際見受けられます(図14)この差は何なのでしょうか。先ほどもいいましたように、歯周病の発症や進行は、単純に細菌の存在だけでなくそれから守ろうとする体の防御機能の働きとのバランスで左右されます。バランスを崩そうとする因子には、①体を攻撃する力に影響を与える因子と②体を守り治そうとする力に影響を与える因子に分けられます(図15)。一般的に糖尿病はこの因子の一つとして挙げられています。このような因子が修飾因子として複雑に絡み合ってそれぞれの歯周病の発症や進行に個人差が生じるといわれています。ですから糖尿病だから歯周病になるということではなく他のさまざまな修飾因子が関与していくことで糖尿病であることが歯周病になりやすい環境である考えられるのかもしれません。歯周病の危険因子(歯周病になりやすいとされている因子)として、歯周病菌の存在よりも現在タバコを吸っていることや加齢が強く影響している結果となっています(表4)。糖尿病の存在は2.32倍の歯周病罹患の危険が示されています。

 

2.糖尿病と歯周病

アメリカでは「歯周病は糖尿病の第6番目の合併症である」(Diabetes Care1993年)、「糖尿病患者には歯周病がしばしば見られる」(米国糖尿病協会糖尿病診断専門委員会2001年)として、糖尿病と歯周病の関係が認められています。歯周病の関連雑誌にも糖尿病と歯周病の係わりを示す論文が増えており、そのうち1型糖尿病に関連した論文では歯周病に対する糖尿病の影響について31編中28編で1型糖尿病であると歯周病の重症度がより高いと報告されています。また、1型糖尿病での血糖コントロール状態と歯周病の関係については24編中14編で血糖コントロールが不良であるほど歯周病が重篤に見られると報告されています。例えば、血糖コントロールの状態と歯周病の程度については糖尿病患者さんのうち66%に歯周病を認め(うち重症は全体の43%)、血糖コントロールが悪い(HbA1c8%以上)場合に歯周病の重症度が高い傾向を認めたという報告があります(図16)。

また歯周病の存在が血糖コントロール状態へどのように影響しているかということについては8編中3編が歯周病治療後の血糖コントロールの改善を報告しています(19602000年の論文を分類)。

1999年にはアメリカの歯周病学会が新たな歯周病の分類として「糖尿病性歯肉炎」を設定しました。日本歯周病学会もこの分類に準じていますが、この「糖尿病性歯肉炎」は、コントロールされていない1型糖尿病の若年者にしばしばみられ、歯肉の炎症には血糖コントロールが重要になることが従来の「プラーク(細菌)性の歯肉炎」とは異なるとされています。

私たちが行ったサマーキャンプでの歯科健診結果では、1型糖尿病患者さんの歯周病罹患率は厚生労働省の発表した平成11年の歯科疾患実態調査の結果に比べても高い結果となりました(図17)。また、岡山大学の歯周病科を受診した1型糖尿病患者さんのデータでも同年代の健康な人に比べて1型糖尿病患者の方々の歯周炎は優位に高い比率で出ています。罹患期間でみてみると1型糖尿病発症から10年以上の群で歯周炎に罹患している比率が高くなることがわかりました(図18)。1型糖尿病の罹患期間も歯周病の進行に関係しているかもしれません。

それでは、歯周病の発症や進行に糖尿病がどのように影響しているのでしょうか。

歯周組織で起こっている現象でみてみることにしてみます。

歯周組織に細菌が侵入すると、それに対して体を守ろうとする防御反応が起こり、白血球をはじめとした防御細胞が細菌を排除しようと集まってきます。その時点で「炎症」という状態になり、その状態が続くと歯を支えているコラーゲン線維の破壊がおこり、結果として歯周ポケットの形成やその後に続く歯槽骨の破壊へとつながっていきます。それぞれの場で糖尿病が以下のように影響しているものとされています。

①細菌数の増加

唾液の量や性状が変化することによって歯の周りの自浄作用が低下し、プラークが停滞しやすくなる。

    防御機能への影響

   蛋白質の糖化により炎症が過剰反応を起こす

   体を守る白血球の機能が低下したり、毛細血管が変化して血流が悪くなり十分な防御細胞が供給されなかったりする状態になる

   コラーゲン代謝の異常が起こり破壊されたコラーゲンを修復する機能が低下する。

糖尿病は歯周病のリスクファクターであるという考え方の基本には高血糖状態による体の抵抗力の低下、あるいは体を治そうとする力の低下が起こって歯周病が発症・進行すると考えられています(図19)。

1糖尿病において歯周病をさらに進行させる因子として喫煙が挙げられています。1型糖尿病患者さんの喫煙習慣により歯周病になりやすさが9.7倍高くなると報告されています(表5)。タバコには血管収縮や白血球の機能を低下するとされており、喫煙によりさらに体を守る力や治す力に影響して、歯周病を悪化させる可能性があるのです。

ここまでは、糖尿病が歯周病に与える影響を述べてきましたが、近年歯周病が高血糖状態を引き起こしたり、歯周病の改善が血糖コントロールの改善に繋がったりするとの報告が2型糖尿病を中心にされています。歯周病に罹患しているということは手のひら大の面積に細菌が24時間365日触れている状態であることであると考えると、このような慢性の炎症状態が糖尿病をはじめとした全身疾患への影響があると考えられてきています。例えば心疾患、脳血管の疾患、低体重児の早産、誤嚥性肺炎(老人に多い肺炎)などに歯周病が影響しているのでないかと考えられ研究が続けられています。1型糖尿病の場合は2型糖尿病とは病態が違うので同じ視点では考えることは難しいこともありますが、歯周病のような慢性疾患の存在が他の全身疾患に影響する可能性があるのであれば今後の糖尿病治療においても検討される必要があるように思います。歯周病から歯を守るということは歯を失うことから守るだけでなく、全身の健康を守っていることになるといえるのかもしれません。

 

3.歯周病の予防(図20

それではこのような歯周病を予防する方法についてまとめたいと思います。予防のポイントは細菌と体を守る防御機能のバランスをとることです。1型糖尿病の場合は血糖コントロールが重要であることは歯周病の観点からも必要であることはいうまでもありません。その他の方法を以下に示します。

    細菌の除去

    ホームケア(おうちでできること)

正しい歯磨き方法(正しい歯ブラシの選択とその方法)

歯間ブラシやフロス(糸ようじ)の使用による歯と歯の間の清掃

抗菌剤(うがい薬など)の使用

    歯科医院ですること

正しい歯磨き方法の指導・専門的なクリーニング・定期的なチェックによる早期発見と対応

    禁煙

1型糖尿病であると歯周病になりやすいと認識し、早期からその予防を心がけることができれば歯周病の発症を防ぐことができます。一般に30代になると歯肉炎から歯周炎への移行がみられることが多くなります。そこでやはり20代から歯科医院でのチェックと歯みがき方法の指導を受けることをお勧めします。

 

 

<まとめ-お口の健康を守るために>

お口の健康を守るには、次の3つを心掛けて下さい。

    その気になる-ご自身やお子様のお口の中に興味を持ちましょう。今のお口の中(歯や歯肉)はどんな状態なのでしょうか?

    病気を知る-むし歯も歯周病も細菌の感染によって起こる病気です。生活習慣によって病気が発症したり進行したりします。体を守る機能とバランスがとれれば抑制や予防することができます。

    上手になる-むし歯や歯周病の原因菌を取り除く方法にうまくなりましょう。お口の状態や年齢、歯並びに応じた方法を取り入れていくことが必要です。
 もう一つ、歯科医院を「上手に」利用しましょう。歯科医院では歯の健康を守るお手伝いをする方法をもっています。予防のために歯のクリーニングや、その方のお口に合わせた歯磨き方法の指導を受けることもできます。

 

糖尿病であるとむし歯や歯周病に罹る危険は確かに高いのかもしれませんが、決して予防のできない病気ではありません。お口は体に必要な栄養分を取るために不可欠なところです。歯が痛いと食べられなくなったり、歯がなくなると十分に噛み砕くことができなくなったりします。おいしく、しっかり食べられるように歯を守ることは体の健康にとって大切であると思います。これからの歯科医院はお口の健康を通じて快適な生活を送るために生涯にわたってお付き合いしていく場所ととらえていただければと思います。